俺の部屋の前で、微かに、男女の諍いの声が聞こえる。
女の声は、つい先程まで、俺の胸の下で溺れていた・・・あの人の。
そして、男の方は・・・最近、ノコノコとこの家に上がりこんできた、得体の知れぬ長身の。
俺は遂にたまらなくなって、ノブに手を掛け、半ば蹴り破るようにしてドアを開けた。

 

 

 

   LuSt PriSonerS

 

 

 

「麗、こんなところに居たのかい」

柔らかな呼び掛けに振り向けば、其処には、声と同じく柔らかい笑顔を湛えたヒカルの姿。
呼ばれた当人は、彼の姿を見るや、息を呑んで顔を背けてしまった。

「陽はまだ高いし、麗は買い物に行ってるのかと思ったよ。何してるんだい?」
「あ、貴方には・・・関係ありません」

素っ気無さを装わせた小さな声で応えながら、麗は空色のジャケットの前襟を整える。
いつになく、彼女の髪は乱れ、頬は桃色に染まっている。
明らかに、いつもの彼女とは、様子が違って見えた。

「冷たいなァ・・・僕はもう、キミの家族の一員なんだから、隠し事とかして欲しくないんだけど」
「な、別、にッ、隠し事なんか・・・ありません・・・、・・・ひゃッ!?」

ヒカルの手が優しくその背に回されれば、鳥が囀るような可愛い悲鳴を上げる麗。
彼女の身体は硬くなるが、刹那の後、慌ててヒカルの胸板を叩いて、彼の束縛を解いた。

「・・・痛いよ、麗」
「せ、先生が急に・・・抱き着いてくるからでしょッ」

床に目を泳がせながら、麗は衣服の乱れを直している。
息が詰まりそうになりながら、麗はぎゅ、と襟を合わせ、その場から立ち去ろうとする。

「失礼、します・・・ッ」
「待って」

長い指が、空色に絡む。
力が込められた指先は、いとも容易く、女の身体を引き寄せる。
さっきと同じ過ちを犯すわけにはいくまい、と、より強く、麗を抱き締めるヒカル。

「なに、を・・・するんですかッ・・・」

身を捩じらせても、この男がそうそう腕を外す筈も無い。
麗を後ろから抱き締めたまま、ヒカルは彼女の首許に顔を埋めた。
男の舌先は、蛞蝓のように柔肌を伝って蠢いた。
熱く、ねっとりとした刺激が奔る度、麗の身体はぴくん、ぴくんと弛緩を繰り返す。

「ンぅ、あ・・・」
「厭らしいな、そんな声を出して・・・気持ちいい?」
「ふざけるのは・・・ッ、ヤっ、めて・・・ェッ」

自分の身体に、何かがざわざわとせり上がってくる・・・
本当につい数分前まで、同じような感覚の中に居た麗にとって、それは拒みようの無い誘惑。
甘く促す声と、快楽へ導き落とすような愛撫。
しきりに“堕ちる”ように煽るヒカルの囁きに、麗は身を委ねてしまいそうになる。
ジャケットのボタンを上から数個外し、ヒカルの手は黒いシャツの下へと侵入する。

と。

シャツをぐいと引き下ろした所、鎖骨に浮かんだ、紅く色付く痕。
それを見止めたヒカルの思考が一瞬、手の動きと共にぴたり、と止まった。

“彼”の部屋の前。
乱れた髪と服。
上気した頬。
潤んだ瞳。
何処か誘っているような・・・女の馨。



―――そして、紅い、痕。



弾き出された答えは。

「“キミ達”は、」

ヒカルがそこまで言った時である。



バァンッ。



背後で、激しく扉が開くような音がした。
手の動きを止めたまま、深く溜息を吐き、呆れるように瞑った眼を開けて振り向く。

「その辺で止めとけよ、アンタ」

眩しいイエローのジャケットを素肌に羽織り、ボタンを留めずに、腰で穿いただけのレザーパンツ。
冷ややかに放たれた言葉の奥に、言い知れぬ怒りの炎を宿した彼は。

「つ、ば・・・さ・・・?」
「やあ」

明らかな憎悪を孕んだ翼の顔を見たヒカルは、それがどうした、と、怖気も見せずに片手を挙げる。
ヒカルの腕の力が緩んだ、その少しの隙に、麗は彼からサッと身体を離した。

「教師に対して“アンタ”は感心出来ないなぁ、翼」

なおもヒカルを睨み付ける翼は、艶を含んだ呼吸を繰り返す麗の身体を引き寄せ、包み込むように優しく抱き締める。
やや汗ばんだ麗の額に口付けると、翼はヒカルに向かって、鼻で笑う。

「確かにアンタは、俺達より段違いの魔法力を持ってるってことは分かった。
 魔法のセンセイとしては合格点、ってトコか。・・・・・・でも人間性はどうだろうな」

敵意が滲み出る物言いだった。
そこまで言われるとは思っていなかったヒカルは、思わずピクリと反応する。

「どういう・・・意味だい」
「言った通りのコト。アンタを呼ぶには、“アンタ”で充分、ってね」
「聞き捨てならないな。そういう翼はどうなんだ」

自分の胸に額を預ける麗を抱きながら余裕の表情を見せていた翼の貌に、鋭い色が奔った。
握り締めた右の拳が、熱い。

「あァ?」
「“人間性”だよ。実の姉を抱く、という行為は、道徳に反していると思わないか」
「てめェ・・・ッ」

奥歯が、砕かれんばかりにギリリと軋んだ。
翼にとって、一番突かれたくないところを抉られた。
最も触れて欲しくなかった、自ら眼を背けていた事実を照らし出されたのだ。
胸の奥から、ドロドロとした溶岩のようなものが湧き上がってくるのが分かる。

・・・沈着な翼が、冷静さを失いかけていた。

「僕は麗が好きだ。彼女を愛している。キミには、こんなことが言えるかい?」
「・・・それが・・・、どうした」
「言えるか、と訊いてるんだ」
「・・・・・・・・・・・・ッ」

勝ち誇ったようなヒカルの眼差しが、翼を刺し貫いた。
問い掛けの答えが一つだからこそ、翼の言葉は失われていく。
答えれば、自分の過ちを認めてしまうような・・・そんな気がして。

「言えないだろう? 血の繋がった者に」
「うるせェ・・・」
「キミには言えないが、僕は言える。さて、麗には、どちらが相応しいと思う?」
「うるせェって言ってんだ!!!」

翼の咆哮に、麗の顔がハッ、と上がった。
ヒカルに向かって、翼の拳が唸りを上げようとしていた。
咄嗟に、麗は翼の右腕を抱いて、それを止めた。

「やめてッ、翼ッ!」
「離してくれ麗姉ッ、俺はコイツを・・・ッ」

麗の身体に散らばる紅い痕を見て、瞬時に自分達の関係を悟り、それを逆手に取って、立場を解らせようと画策する。
目を見張るほどのヒカルの狡猾さに、翼の怒りは、遂に頂点に達したのだ。
翼の剣幕にも動じず、ヒカルはうっすらと笑みを浮かべて、二人の様子を見つめている。



―――しきりに拳を振り下ろそうとする翼を、必死の表情で止める麗。



(暫くは、様子見か)

胸中でそんなことを思い、フッ、と息を吐くと、ヒカルは身を翻した。

「てめェッ、言い逃げする気かッ!」
「逃げるなんて・・・とんでもない。僕は逃げも隠れもしないよ」
「じゃあッ、」
「どちらが麗のパートナーとして相応しいか、いずれ解る時が来る。その時には、僕は一歩たりとも退きはしない」

ヒラヒラと手を振り、振り向きもせずに足を歩ませ始めるヒカル。
窓から差し込む午後の陽光に、彼の身体が融けていく。



『解るかい・・・雷は、水を滅ぼす脅威でしかないんだよ、翼』



残された言葉が、立ち尽くす二人の身体を侵していく。
ヒカルの身体が完全に消え去っても、二人はその場から動くことが出来なかった。

 

 

 

+++FIN+++

 

 

 

 

 

<AFTER WORD -後書->

はい、やけに雰囲気が黒いですが。<まるで他人事
曲でイメージしよう第2弾、越天楽の続編でした。
Janne Da Arcの「ROMANC∃」と、ポルノグラフィティの「ヒトリノ夜」を組み合わせたもんだと思ってください。
へちょいものですが、猫拳さん、OUTER FLAMEさん、よろしければ受け取ってくださいまし。

黄も金も、どっかどす黒い感情を持っているのではないか、というのが、私の妄想。
てゆうか、マジ黒すぎな二人に仕立ててしまい、二人が好きな方には大変申し訳なく・・・(土下座)
我が強い二人は、やっぱりお互い退く気配すら見せずに、知らず知らずの内に青い人を苦しませているという。
んで、黄と“そーゆー関係”にある青い人は、金の猛攻に心を流されそうになりながらも、
心の奥底は黄に囚われていると嬉しいなあ、と<もうほんとこういうドロドロしたものが好きで困りますねこの人
青を取り合う二人は、彼女が無意識の内に醸し出してる可愛さ・色気の虜になっている、というわけで、
もうみんな誰かしらの心に囚われている、っつー意味で、タイトルは「情欲の囚われ人達」です。
ヒネリなしで申し訳ない。でも複数形のsがポイント。

↑ごめんなさい解説も日本語もめちゃくちゃ。許して。

まだ20話前後だと思ってください。
黄も青も、金に対して、そんなに気を許しちゃいないよ、ということで。
にも関わらず、黄の部屋の前で、人目もはばからず、いきなり青い子を襲い出すてんてーはどうなのか。
てんてーは、ソフト鬼畜だと信じています<なにその言葉の矛盾
つか、青い子、黄の部屋出る前に、事後の服くらい整えとけよ、って話っすね。
シモばっかりですいません。ほんとに。

(2005/10/22)

 

<<BACK TO MAGI-RANGER TEXT ROOM INDEX
<<BACK TO TEXT ROOM INDEX