「はー、何が哀しくて、この歳で家族で海なんだ?」

小津家の次男は、照りつける陽射しを避けてくれるパラソルの蔭で、小さくボヤいた。
俺は19歳なんだぞ、もうすぐ成人だってのに、なんでこんな恥ずかしいコトを・・・などと、声を出せば愚痴ばかり。
そんな彼の思いなど露知らず、兄弟達は、ビーチボールをはたき、飛沫を上げて戯れている。

 

 

 

 ☆ お願い!セニョリータ ☆

 

 

 

「つばさー! 翼も来いよぉー、たぁのしぃーぞー!!!」
「ちぃ兄ーっ、身体動かさないと、早くジジイになるぞー!」

最も“大人”である筈の長男は、その長い黒髪から、無邪気にぼたぼたと水を滴らせながら。
最も“子供”の末弟は、次男が得意である筈の皮肉を。
そんな二人の男兄弟の様子にほとほと呆れながら、彼らに勝るとも劣らぬ大声で、翼は叫んだ。

「っるせーな、勝手にやってろ!」

そう言い放つと、この状況に諦めがついたのか、翼は傍らの日焼け止めを手に取り、全身に擦り込み始める。
翼は皮膚が弱く、日に焼けると、身体中が赤くなってとんでもないコトになる。
だから、昔から海は嫌いだった。
それなのに、どうしてこんなコトになってしまったのだろう。





―――思えば、それは半月程前の、魔法部屋での出来事。





「あーつーいー・・・」

団扇でパタパタと顔を扇ぎながら、椅子に倒れ込んだ長女。
細い眼でチラリと一瞥した後、翼はそのまま視線を下に落として、再び分厚い魔法書を読み始める。

「ちょっとぉ、翼ちゃん、なんかこう、涼しくなるよーな薬作ってよぉ」
「なんで俺がンなもん作んなきゃなんねーんだ。
 つか、マージ・マジーロで変身して、扇風機になったらいいんじゃねーのか?」

視線は下に向けたまま。
芳香の方を見遣りもせず、翼は淡々と言い放った。

「私が扇風機になっても意味無いじゃない! 私はねー、風を“送られる”側がいーのっ」
「じゃ、バカ魁に頼んで、クーラーでも冷蔵庫でもなんでも、錬成してもらえば?」
「やーだー、頼みに行くのめんどくさいー」
「あのなあ・・・」

“俺だって、魔法薬作るのめんどくせェんだ”と言う前に、芳香は翼の背に圧し掛かるように抱き着いてきた。

「な、なんだよッ、あちィって、退けよッ」
「冷たいなぁ翼ちゃんはー。薬作るって約束してくれるまで、ずっとこーしてるよ?」
「ふっざけんな、退け!」

肩の上から自分の胸まで回された細い腕を振り解こうと、翼は身をよじる。

(ってか、ムネが背中に当たってんだよ! 気付けバカ!)

が、芳香は翼の気持ちを知ってか知らずか、より力を込めて抱き着いてくる。
いよいよカァと顔が熱くなってきて、翼は余計に汗を流すハメになる。
このままではたまらない、と、翼は「分かった分かった!」と慌てて口走ってしまった。

「にゃは、やったあ! じゃ、今すぐ作って! もー暑くて仕方ないんだぁ♪」
「ちげーよ、そういう意味の“分かった”じゃなくて」
「ふぇ?」

てっきり、魔法薬を作ることを了承してくれたと思っていた芳香の頭の中に、“?”マークが浮かび出す。
嘘でも吐かれたのかと思って、少しだけ眉間に皺を刻んでいると。

「海」
「ほぇ?」
「海行って来い」
「・・・・・・って、はあーーーーーっ!?」
「提案してやってンだ。涼しくなンだろ、海行って来いよ」
「なにそれーーー!?!? 翼ちゃんのウソツキ!!!」
「魔法薬作る時間考えたら、いつもの海岸行った方が早いだろーが」

地団太を踏む芳香に、してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべる翼。
正論を叩き付けられた長女は、“しょぼーん”という効果音が付く勢いで項垂れた。
そんな彼女を見て、呆れるように肩を竦めていると。

「芳香! 翼!」

暖炉の方に緑の炎が踊ったと思うと、その色のジャケットを纏った蒔人が現れた。
・・・小脇に、スイカ柄の大きな浮き輪を抱えながら。

「ちょうどいい所に居たな、あのな・・・今度、海行かないか!?」
「・・・はぁ!?」
「えぇ!?」

唐突過ぎる蒔人のセリフに、翼も芳香も、眼を丸くする。

「って、海ィ!?」
「今、海の話してたばっかだよ! すごーい、お兄ちゃん、私達の話聞いてたの!?」
「え? なんだ、お前達も海に行きたかったのか、それなら早く言ってくれ」
「ちっげーよッ、だからなんでいきなり海なんだよ!?」
「はっはっはっ、翼、海はいいぞー! 健康的だしなー!
 それに、あと二週間もすれば海開きだ・・・いろんな店が出て、きっと楽しいぞ!」
「兄貴ッ、俺が肌弱いこと知ってて言ってンだろ! それから人の話を聞けッ!」

驚いている兄弟達のことなど気にする由も無く、蒔人は二人の肩に腕を回して高らかに笑っている。
俺、実は結構苦労性なのかも、と、翼は盛大に溜息を吐くのであった。





―――そんなこんなで、約二週間。





世界を守る為に日々戦っている魔法戦隊は、束の間の戦士の休息を取っていた。

“いつもの海岸”は、切り立った岩場に小石や砂利が目立つところだが、数十メートル進むと、そこは一面の砂浜で、
小津兄弟の住んでいる住宅地の間での“穴場”と言うべきスポットである。
が、海開きの直後だからなのか、人は疎らだ。
海岸自体が広くない為、出店も二、三軒といった感じ。

日焼け止めをあらかた塗り終えた翼は、組んだ腕の上に顎を乗せ、シートの上にうつ伏せに寝転んだ。
童心に返った様子でばしゃばしゃと海を駆けずり回る兄弟達を眺め、ふう、と息を吐く。
・・・海は嫌いだが、楽しそうにしている兄弟を見るのはイヤじゃないな。
順応すれば、“恥ずかしい”と思った状況に、そんな風に思うことの出来る余裕が出てきた。

と、ふと目線を移せば、海から上がり、栗色の髪から水を滴らせた芳香が、とてとてと此方へ向かってくる。

強い陽射しのせいで、若干赤く日焼けした肌。
それに加えて、モデルになるほどのスラリとしたプロポーション。
華奢な身体を包む、薄いピンクの水着。
煌めく砂浜に照らされて、芳香の身体は、いつもより美しく見える。

―――知らない内に、翼は・・・姉の身体をジッと見つめていた。

翼の脇にあるポーチから財布を取り、幾らかの小銭を出していた芳香は、その強い視線に気が付いた。

「なぁにジロジロ見てんの、翼ちゃんのエッチぃー」
「ばっ、バカやろっ、ナニ言ってんだ、そんなんじゃねェ!」

照れ隠しに声を荒げて、咄嗟に海の方へ、ふいっと目を遣る。

「照れるな照れるな〜、翼ちゃん♪
 芳香の美貌に惹かれるってゆーのは、優良健康男児って証拠だぞっ♪」
「うっせェな! なんか買うんだろ、さっさと買ってこいよ!」

目線はそのままに、芳香の手の中の小銭を指差し、翼は怒鳴るように言った。
「もう、照れ屋さんなんだから〜」と茶化すと、芳香はスキップして出店の方へ行ってしまった。

「ったく、ナニが優良健康男児だ・・・こっちの身にもなれっての」

どくどくと高鳴る鼓動を鎮められず、無意識に、翼は独り言を呟いた。

(姉の水着にドキドキするなんて、まったく、どうかしてる・・・
 でも・・・やっぱ芳姉は細いし、綺麗なカラダしてんなぁ・・・
 っておいおい、ヘンタイか俺は?
 つっても、芳姉はモデルだから、水着似合うのは当たり前で・・・それに見惚れるのは仕方ねェことで・・・
 ヤメだヤメ、想像したら、また変にドギマギしちまう。
 あぁ・・・けどなぁ・・・綺麗、だよなあ・・・)

翼の頭の中では、対照的な性格の二人の自分が、ほくそ笑んだり照れてみたりと大忙し。
芳香の水着姿を思い出しては、ぷるぷると頭を振る。





そんなことをしている内に、何かを両手に持って、当の本人が戻ってきた。

「な、ナニ持ってんだ」
「え? ナニって・・・ソフトクリームに決まってんじゃん」
「や、そーじゃなくて、なんで二つも食うんだよ、ハラ下すぞ」

芳香の手には、しっかりと、二つのソフトクリームコーンが握られていた。
モデルのクセして何を考えてるんだ、と、翼は呆れてしょうがない。

「やぁだー翼ちゃん、芳香がソフトクリーム二つも食べられるワケないじゃーん!
 一つは私の、一つは翼ちゃんの分だよっ♪」
「は?」
「だからー、翼ちゃんと二人で食べたかったの! はい!」
「俺はそんなの、」

“要らねェってば”。
寝転んだまま、手を振ってそう言おうとした時。



・・・・・・ぽた。



「ああぁーーーーーっ、融けてきちゃった!」

暑さのせいで、融け始めたソフトクリームが一滴、芳香の胸に落ちた。
綺麗な胸のラインを、白い雫がつうっ、と滑り落ちていく。
翼はそれを直視してしまい、心臓が“ドッキーン★”と派手な音を立てて、弾け飛びそうになる。

(ヤバい! 芳姉、それはヤバいって!!!)

動悸は益々大きくなるばかりで・・・しかも。

(そんで、俺もヤバい! ど、どうしよ、あ・・・あぁー!)

やはり、芳香が言うように、翼は“優良健康男児”だったようだ。
“白濁したものがカラダを伝う”というシチュエーションに、下半身がダイレクトに反応してしまったのだ。

(何処のエロオヤジだ、俺は! ナニ興奮してんだ!)

腕に顔を埋め、うつ伏せになったまま、翼は自分を責める。

「ねぇねぇ、こっち受け取って、早く食べようよぉ!」

芳香は両手が塞がっている為、このままでは、いつまで経っても身動き出来ない。
顔を伏せたまま、翼は、やっとの思いで手を伸ばし、ソフトクリームを受け取る。

「翼ちゃん? 食べないの? 融けちゃうよ?」

芳香は、胸に垂れてしまったソフトクリームをタオルで拭きながら、
片手にコーンを持って倒れたままの、いかにもマヌケな恰好の翼の隣に腰を下ろした。

(こ、こんな状態で起き上がれるか! 興奮してんのバレちまうだろうが!)

下の興奮は、まだまだ治まりそうに無い。
翼は泣きそうになりながら、漸く顔だけ上げて、不自然な体勢でソフトクリームを舐め始める。

「にゃはは、へーんなの! ちゃんと座って食べなよー」

(誰のせいでこんなんになっちまったと思ってんだーーー!!!)

カラカラと笑う姉に、内心怒鳴りつけたいのを抑えながら、翼はただ、無言でソフトクリームを舐めるしかない。
と、二人の様子にやっと気付いた兄弟達が、ビーチボールを抱えて、漸く海から上がってきた。

「あー! ちぃ兄ずりぃ! 俺もソフトクリーム食いてえ!
 なぁなぁ、ちぃ姉、俺も欲しいんだけど! 買ってきてっ!」
「はいはい。もう、魁ったら、いつまで経っても子供ねえ」

二人を見てじたばたと駄々を捏ねる末弟に、苦笑しながらも出店に走る次女。
マイペースに、のほほんとソフトクリームを食べる長女。
そして、そんな兄弟の微笑ましい姿を、柔らかい笑顔で見遣る長男。

(ったく、なんで俺の家族ってこんなんなんだろ・・・)

妙ちくりんな姿勢のまま、上目遣いで兄弟達を見て、また一つ溜息を吐くと。
翼は大きく口を開けて、一気にコーンを頬張ってみせた。





+++FIN+++

 

 

 

 

 

<AFTER WORD -後書->

タイトルはゴキくんにつけていただきました・・・って、オランゲランゲですか(汗

翼ちんの肌が弱いという設定は、Stage.23でヒカル先生が翼ちんのシャツを破った時にですね、
なんか首の辺りが、赤っぽく日焼けしてるのを見て、「あ、肌弱そう」と思ってつけた捏造設定です(w

てか、私はナニを書いているのかしら、恥ずかしいわー!<またそれか
やー、とある方(とゴキくん)に、“エロい黄桃を!”というリクエストを受けましてね
若干エロい感じを出してみましたが、これじゃ少年誌の中でのアリガチなシチュってだけじゃない!
ベタベタじゃない!なにやってんの私!ダメね!
つか、翼ちんがバカっぽくなってしまった・・・orz
そして天然芳香ちん。ある意味最強。
振り回され損です、翼ちん。
んで、最後は若干赤青風味<あえて風味ってだけ

発案当初は、桃の子の胸にソフトクリーム垂れる→黄色い子が盛りに盛ってしまって以下略な、
いわゆる18禁的なノリだったんですけど、物書きの神様が「やめろ」と申されたので自制しますた<えー!
だって、人が居る海岸で、しかも昼間っからそんなことさせるわけにはいかんやろ!<そりゃそうだ
しかも兄弟が見てる中で!
私は全然OKなんだけど、教育上よろしくない!<何を今更

(2005/08/20)

 

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