黒髪が流れて、その下に垣間見える、何よりも強い眼差し。
呪われた姿の時だって、はっきりと彼女の眼を見ていた筈なのに。
本来の姿・・・・に戻って、己れのまなこで彼女を見た時、僕の全身に電流が駆け抜けたみたいだった。

 

 

 

   ▼ 険か険か -Risk- ▲

 

 

 

―――遥か、15年前。

キミは覚えていないだろう。
キミが、不思議そうに、興味深く僕を見上げていたことなど。

「おにいちゃん、だれ?」

昔も今も変わらない、純粋な黒の瞳を、キラキラと輝かせて。
ゆっくりと、言葉を紡いで。
少しだけ、首を傾げながら。

「僕はね・・・空の上から、キミを見護る者さ」
「そらのうえ?」
「そう。この家の屋根よりも、もっともっと高いところで、ね」
「ふぅん・・・そんなにたかいところなんだ・・・わたしもいってみたいなぁ」
「麗ちゃんが大きくなったら、きっと連れて行ってあげるよ」

その時交わした、小さな約束を。
果たして、大きくなったキミは、心に仕舞ってくれているだろうか。

・・・・・・僕が、キミの額に残した、柔らかな口付けと誓いを。





裏切り者との死闘の末、僕は呪いを掛けられ、カエルの姿にされてしまった。
僕達を欺いた雷の使い手は、断末魔に嘲笑を雑じらせ、言い放った。

『その姿で、世界の終わりを見るがいい・・・お前の大切な者達が、絶望に塗れていく姿を』

共に戦ってきた、月を司る彼女も守れず。
師の助力にすら、なれなかった。
挙句の果てに、裏切り者を完全に打ち倒すことさえ出来ず。
僕は、自身に呆れ、落胆した。

僕は、誰も護れない。
誰も救えない。



・・・・・・・・・僕は、無力だ。



ぽたん。
額に一滴、冷たい水が当たったようだった。
どれくらい眠っていたのだろう。
いや、眠っていたのか、起きていたのかさえ判らない。

眼を凝らしても、見えるのは・・・ミイラになった背徳者と、煤塗れの魔法のランプ。

僕は、ずっとこうしていなきゃならないのか・・・
ライジェルの言う通り、この薄暗闇の中で、世界が壊れていくのを黙って見ていることしか出来ないのか・・・

もう、涙も涸れてしまった。
感覚も麻痺して、哀しみも、苦しみも、殆ど感じなくなっていた。
自分が誰なのかさえ、良く判らなくなっていた。





そんな時だった。





「ちょっとぉ、急に止まらないでよぉ!」
「だってっ、真っ暗で、なんも見えねェじゃん!」
「ちょっと待て・・・」

ばたばたという足音と、些かの男女の声。
こんなところに、散策をしにやって来た奇特な者が居るものなのか、と、眼を細めた。
とにかく、人が来たのなら、今の自分の姿・・・・・・では、容易く踏み潰されかねない。
ぴょん、と飛び跳ねて、少し高めのところであろう場所に、身体を落ち着かせる。

「マジカ」

何処かで聞いた呪文の詠唱と共に、眩しい光が溢れ出す。
その中に、5つのシルエットが焼き付いて・・・
一体何者なのかと、その影を確かめようとした瞬間。

「きゃああぁぁッ、カエルーーーッッ!!!」

耳を劈くような絶叫と同時に、視界がぐるんと回転し・・・
身体が宙に舞い、岩肌にぶつかったかと思うと、僕の意識は遠のいていった。

それからは、ただ、本能で。
生き抜かなければ・・・その思いだけで、過ごしていた気がする。

幽かに残る記憶。

手に大きな鋏を持つ冥獣人が、5人の戦士に襲い掛かって・・・
うっすらと眼を開ければ、透明な硝子の箱の中・・・
五色のジャケットの合間から見えた、懐かしい、忠実な従者の姿・・・
また視界が廻って、ジメジメした泥の地面の上に放り投げられて・・・
それから、僕を見る度に甲高い悲鳴を上げる、青の魔法使い。
その瞳に湛えられた、揺るぎ無い慈愛の力。
意識が薄れていても、その瞳に見つめられれば、たちまち僕は、はっきりと覚醒する。

そうか・・・と、僕は、直感した。



この子の力じゃないと、ダメだ。
きっと、僕は、この子が居ないと、ダメなんだ。
そして、僕はまだ・・・あの・・・約束を・・・・・・



「ごめんね・・・」



幾年月が過ぎようとも、その優しい響きは変わらずに。
涙声の謝罪と、淡く柔らかな口唇が、僕の額に落とされる。



―――15年前・・・僕がキミにしたことと、まるで同じように。



どくん。
どくん。
どくん・・・ッ。

呪われた時には感じられなかった激しい鼓動が、僕を在るべき姿へと呼び戻した。
身体の奥から、熱い力が湧き上がって来る。
かっ、と目を見開くと、其処には、驚嘆を浮かべた少女が一人。
視線が絡んだ刹那、僕の頭から爪先まで、一直線に何かがびりりと奔り抜ける。

(やっと、逢えた)

・・・キミは、ずっと変わらないね、麗。
その瞳の力は、確かに僕に響いているよ。
再会の悦びは、ひとまず胸に収めておこう。
今は、キミを苦しめる冥獣人を倒すのが先だ。

「ゴー・ゴル・ゴジカ!」

キミの往く先を照らす、太陽の光である為に。





「僕は天空聖者サンジェル」

簡単な自己紹介を終えて新たな名を名乗り、僅かに少女に近づくと、びくっと縮こまる身体。
僕の中の悪い虫が、キミの困った表情を見たくてウズウズしている。
どんな言葉を紡げば、どんな仕種を使えば、キミのいろいろな姿を見られるのか。

「麗、そんなに僕を避けないでくれ」
「・・・知りませんっ。まずは、人をからかうのを止めたら如何ですか」

すり抜けていく身体を引き止めたくて、宙を掻く僕の腕。
振り向かないまま言い放つキミのそれは、言葉とは裏腹に、冷たさを宿してはいなくて。

「からかってなんかいない。だって僕は、本当にキミのことが」
「・・・・・・失礼しますッ」

最後に肝心なことを言うであろう僕の科白を遮って、キミは駆け出そうとする。
けど、もう、僕は・・・キミを離したくない。
キミを遠くへ行かせてしまえば、あの約束を守れない・・・!



手を伸ばし、彼女の細い腕を掴み、己の腕の中に引き戻す。



「せっ、せんせ・・・ッ、何、を、」

小さく震える身体を、包み込むように抱き締める。

「約束、まだ、果たしてないから」
「えッ・・・、約束って、何のこと・・・?」

黒髪に紛れて目を丸くする少女の頬を、そっと撫ぜる。





「キミを、空の上へ!」





天空聖界を守っていた時と変わらぬ危険が、其処に待つ。
けれども、誰も護れなかった以前の僕とは違う。
キミを護る為なら、どんなリスクだって厭わない・・・
未熟な天空聖者サンジェルではなく、今度は、僕を癒してくれる魔法使いを護る戦士・ヒカルとして。
新たな冒険へと旅立とう!





+++FIN+++

 

 

 

 

 

<AFTER WORD -後書->

キーワードはでこちゅー<なんだと
実は、15年前、小津兄弟とヒカルてんてーは既に出逢っていた、なんて捏造<捏造大好きよしっちさん
独白するてんてーとか、ちょっと珍しいかな?
あー、読み返してみると、なーんかてんてーがヘタレっぽく見えるなあ(汗

初め、この話は黄青で書いてたんですけど、唐突に路線変更しました。
こ、これぞ金青パワー!<なんだそれわ
やっぱ20話は神だな!<もうとまらない

んー、お題シリーズ、やっぱムズかしいなぁ〜(汗
今回のお話は、ちょいと無理があったかな?<それはいつものことですよ

(2005/08/24)

 

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