・・・冒険日記 in プライベート・エレベータ前・・・

◆Date and Titles◆ (クリックでその日のテキストにジャンプ出来ます)

01) 2006/02/02 - ギルガメッシュの酒場
02) 2006/02/20 - PALE SCARLETS
03) 2006/03/03 - ヴァイオレント・アタック
04) 2006/06/14 - 迷宮に息づく狂気
05) 2006/06/18 - 邂逅
06) 2006/06/20 - Crucifix of REDEMPTION
07) 2006/09/10 - この世は神のたなごころ

■ プレイ後記・後書

 

 

 

−−−−−−−−−−2006/02/02−−−−−−−−−−

「さぁて! とうとう俺達は、地下9階まで降りることが出来るようになったワケだ!」

様々な人種が往来し、賑やかにざわつくギルガメッシュの酒場。
その円卓の一つに、あのパーティが居た。
相変わらず、魁が大きな身振り手振りを加えて話し、ヒカル・蒔人・麗はそれに苦笑しながら頷いている。
翼と芳香は、そんな魁の方を見向きもしないで、円卓に並べられた料理をマイペースに突いていた。

「あっ、ちょっ、芳姉! それ俺の玉子焼きッ」
「翼ちゃんだって、芳香のハンバーグ半分食べたじゃーん」
「それとこれとは話が別だ、返せよッ」
「やぁだー! 芳香も玉子焼き食べるー!」
「ったく、死の指輪に精気吸い取られて死にかけたヤツとは思えねェ食いっぷりだな」

マイペースといっても、脇目も振らずにやいのやいのと騒いでいるのは芳香だけなのだが、
その奔放さに飲み込まれて、ついつい自分もヒートアップしてしまうのが、翼の弱いところであった。

「芳香ちゃん、そんなに慌てて食べなくても」
「そうだぞ芳香。兄ちゃんのサラダやるから、玉子焼きは我慢しろ」

蒔人と麗がフォローに回っても、芳香と翼の料理の奪い合いは、あまり収まりそうにない。
見かねたヒカルがウェイターを呼び、芳香の為にもう一つ玉子焼きを注文してやった。
おせっかいというべきヒカルの優しさに、困ったような笑顔を向けて麗が言う。

「あ、ダメですよヒカル先生、芳香ちゃんを甘やかしちゃ」
「いやいや、これは僕の奢りだよ。節約ばかりしていると、豊かな人間にはなれないよ、麗」

白い歯を見せて柔らかく笑いかけるヒカルに、思わず麗の顔が熱くなる。
気付かれてはたまらない、と、麗は素早く顔を背けた。
そんな二人の様子など露知らず、魁は大声で話を続けていた。

「ココにあるブルー・リボン!
 コレこそが、地下4階から9階までを往復出来ると言われている、プライベート・エレベータの通行許可証!
 明日から、もっと下の階層まで降りて、ジャンジャン経験値稼いでいくぜー!」
「おい、いい加減うるせェぞ、バカ魁」

玉子焼きを頬張りながら、魁の方を見向きもせずに翼が言い放った。
テンション高く喋っていた魁は、さすがにそのセリフにカチンときたらしく、サッと顔色を変えて翼を睨み付ける。

「んだとッ、ちぃ兄! 誰がバカだって!?」
「お前以外の誰が居ンだよ」
「あァっ!?」
「やんのかッ!?」
「おいっ、二人とも、こんなトコでケンカなんかよさないか」

いつもの調子で魁と翼がお互いに突っかかり始め、それを蒔人が止めようとした時だった。





――― ・・・うか・・・・・・、・・・・・・・・・ら・・・ ―――





『!』

ふと、芳香と麗のエルフ二人が、ピクンと長い耳を動かした。
エルフ族は、特有のその耳を以って、数キロメートル先で針が落ちた音も拾うことが出来るという。

だが、その“声”は、鼓膜を通じて聞こえてきたものではない。
直接、自分達の頭の中に入り込んでくるような・・・神の啓示のような“声”だった。
魁と翼は互いに掴みかかり、蒔人とヒカルはそれを止めていたので、その“声”は聞こえてはいないようである。

麗は、視線を以って、芳香に「今の、聞こえた?」と尋ねる。
訊かれた芳香は、同じように、眼で頷いた。

「ほら、もう! 魁も翼も、いい加減にしないか!」
「さっさと食って、今日は宿に戻るぞッ!」

どたんばたんと激しい音がする。
彼女達がその方へハッと顔を向けてみると、蒔人が魁と翼の首根っこを掴んでいるところだった。
酒場中の客の迷惑そうな視線を浴び、しゅんと萎れる弟二人を見て、姉達は彼らに悪いと思いつつ、含み笑いを零した。

 

 

 

−−−−−−−−−−2006/02/20−−−−−−−−−−

   ガコォ・・・・・・・・・ン。



1階ダークゾーンからの昇降機(エレベータ)に乗り、一行は再び地下4階に来ていた。
先頭に立つ魁の手には、先頃、アロケーション・センターのレプリカントとの戦闘後に得た、あのブルー・リボンが握られている。

「この先の昇降機で、いよいよ新境地開拓、ってワケか」

蒔人は、アロケーション・センターとは逆の方角、プライベート・エレベータの方を向いて呟いた。
パーティメンバー達も、彼と同じ方向へと視線を送る。

「まずは、地下5階・・・だな」

再び蒔人が言い、それに合わせて全員が頷く。
ある者は深呼吸し、ある者は剣の柄を握り直し、それぞれが決意を新たに、魔の気配が漂う扉を見据える。
今までとは桁違いの強さの魔物が潜むという地下9階に通ずる、プライベート・エレベータ。
それに乗り込むまでに、魔物に出くわさない筈も無い・・・敵も、冒険者をそれ以上進ませんと必死なのである。
当然、プライベート・エレベータの前にある玄室には、それを護るに相応の魔物が待ち構えているのだ。

魁がゴクリと唾を飲み、甲冑をがしゃりと揺らす。
それがスタートシグナルとなり、パーティは一路、ブロックを北へと進む。
誰しもが無言に徹し、迷宮の澱んだ空気は一転、ぴりぴりと張り詰めている。
間も無く、一行は玄室の扉の前で、一旦足を止めた。

「情報屋によると、プライベート・エレベータ前にはエンカウンターが居る筈なんだよな」
「そうらしいね。皆、戦い慣れた4階の敵が相手だけど、油断しちゃいけないよ」
『分かってます、先生っ』

兜の面頬を下ろし、下段の構えを取りながら気を配るヒカルに、全員が真剣な面持ちで頷く。
その声を聞いて満足そうに口の端を上げると、彼は眼光を鋭くする。
ヒカルの様子を見て、魁も同じように扉を睨み付けると。

「・・・準備はいいか、兄ちゃん、姉ちゃん、先生? ・・・開けるぜ」

囁くような侍の声に、それぞれが小さく応を唱える。
そして魁は、「やぁッ」という気合いと共に、扉を蹴り開けた。



―――刹那の後、咽返るような臭気が、パーティの肺を圧迫した。



前衛3人は思わず息を詰まらせそうになったが、今はその異様な臭いが何処からのものなのかなど、詮索している暇は無い。
この迷宮では、一時の油断が死を招くことになるのだ。
3人はまず、敵の姿を見定めようと、ロミルワの光に反射して蠢く物体に眼を凝らした。



   がさ、がさ、ごそ、ぎしゅ、ぎしゅ、がさがさっ。



赤い灯と、てらてらと鈍く光る球状の物体が、一点に集まって犇いていた。
・・・それは、20匹を越える、巨大蜘蛛(ヒュージスパイダー)と、球状甲虫(ボーリングビートル)の群れだった。

「な、なんつう数だよ・・・ッ」

先程、扉を蹴破った勢いは何処へやら、予想外の敵の数に、魁の腰はやや引けている。
魁の呻くような呟きに気付き、群れの中の一匹が、足を擦り合わせてパーティの方へ跳んできた。

 

 

 

−−−−−−−−−−2006/03/03−−−−−−−−−−

針のような体毛をびっしりと敷き詰めた身体を拡げ、ヒュージスパイダーは己の腹を満たそうとしているのか、
丸太のような8本の脚で待ちに待った獲物を逃がすまいと言わんばかりに、猛然と魁の方へと飛びかかってきた。
ヒュージスパイダーの鋭い体毛の先の一つ一つには、強力な遅効性の毒が含まれている。
一度飛びつかれれば、たちまち身体の中に毒が巡り、冒険者達の体力を奪っていく。
なんとしても、身体に張り付かれる前に倒すべき魔物だった。

だが、敵の数の多さに怯み、体勢が崩れてしまっていた魁にとって、
予想外の跳躍を見せるヒュージスパイダーに対して防御の構えを取ることは、容易なことではなかったのだ。

「ぐッ、こ、コイツっ!!!」

楯を構えようとしていた時には、その1メートル余りの体長を持つ化け物が、魁の頭を包み込んでいた。
ぎしゅ、ぎしゅ、と関節が蠢く音が聞こえたかと思うと、彼の兜の隙間に、ヒュージスパイダーの脚が入り込む。



   ぐちゅ。



水気を含んだ布を握り潰すような、そんな不快音。
ヒュージスパイダーの鋼のような足先が、魁の首の肉を抉ったのだ。

「が・・・ッ!?」
「か、魁ッ!!! 畜生ッ」

目の前がくらくらする。
猛烈な吐き気と、体力を侵食する悪寒が、魁の身体を駆け巡る。
ヒュージスパイダーの持つ強力な毒素が、その意識を遠ざけてゆく。
蒔人が叫ぶ声が聞こえた気がするが、それをはっきりと聞き取るのには、彼の精神は蝕まれすぎていた。

「翼、キミの標的は、ボーリングビートルの中心! 僕はヒュージスパイダーを狙う!」
「分かりましたッ」

床に頽れ落ちる魁の姿を視界の端に見止めたヒカルは、夥しい数のヒュージスパイダーを一匹ずつ薙ぎ払うのを止め、
咄嗟に、攻撃方法を魔法に切り替えようと、呪文所有者(スペルユーザー)である翼に向かって叫ぶ。
ヒカルと同じように剣を振るっていた蒔人は、魁を襲っているヒュージスパイダーを倒そうと、硬い床を蹴る。

「よくも魁をッ!」

もう一度、魁の身体に爪を食い込ませようとしていたヒュージスパイダーの2本の前脚は、
大きく振りかぶられた蒔人のドラゴンスレイヤーによって、あっけなく斬り落とされる。
切り口から褐色の体液を大量に噴き出させた魔物は、ピィーッという断末魔を発しながら、
魁から剥がれ落ちて床に転がり、やや痙攣した後、脚を折り畳むようにして絶命した。



『ダールアリフラー・ターザンメ (氷嵐よ、我を阻む魔物を凍てつかせよ)』

ヒカルと翼の口の中で唱えられたダルト(小凍)の真言葉(トゥルー・ワード)が、同時に発せられる。
二人の掌から、攻撃魔法が発動する時の、独特の突風が放たれた。
雹のような氷の粒を纏った竜巻が、ヒュージスパイダーの群れとボーリングビートルの群れ、それぞれに向かって荒れ狂う。
魔物の群れに突っ込んだ竜巻は、巨大な昆虫達を巻き上げながら、それらを凍りつかせた。
パキパキと音を立てて氷像と化した化け物達は、次の瞬間、氷の欠片となって、ばらばらと床に毀れ落ちた。

凄まじい数の魔物の残骸を見て息をついた二人は、弾かれたように、身体を横たえる魁のところへと走る。
と、ヒカルが何かに気付き、はた、と足を止めた。
彼の視線は、とある“モノ”に釘付けになっていた。
それは、玄室に突入した際、昆虫達が一点に集中していた場所。
そして、あの異様な臭気の正体でもある“それ”は。



―――命という感覚が麻痺するかのような、変色した様々な臓物が無惨に腹から飛び出している、冒険者の屍であった。

 

 

 

−−−−−−−−−−2006/06/14−−−−−−−−−−

「ミームアリフ・ダールイ (生命を虐げる魔の力よ、神の名において退け)」

魁の首の傷に当てられた麗の掌から、目映い光が溢れる。
ざっくりと肉を抉られたそこは、彼女の慈愛の力により、瞬く間に癒されていく。
増血作用に加え、解毒の力も孕むマディの魔法は、澱み固まりかけていた魁の意識を、再び現実に呼び戻した。
兄弟に見守られながら、末弟はゆるゆると瞼を持ち上げる。

「う、ぅん・・・」

魁の口から苦しげに吐き出された息に、兄弟達は胸を撫で下ろした。
やがて、彼の頭の中は徐々に明確になってきたらしく、兄弟の様々な表情を見て、困ったような顔色になる。

「兄ちゃん、姉ちゃん・・・ゴメン、俺・・・、また足引っ張っちまった」

半身を起こして座り込んだまま、すまなさそうに顔を俯かせる魁。
悔しげに、己の右腕を掴んで、ただただ歯を食い縛っている。
蒔人は優しくはにかんで、そんな魁の頭にバン、と手を乗せて、そのままクシャクシャと撫でてやる。

「よくやった、とは決して言いがたいが・・・気にするな、魁」
「仲間のフォローは全員で、ってヤツだ。ま、お前はもっと周りを見るべきだけどな」

(それにしても・・・なんなんだ、この臭いは)
呆れたように言う翼が、臭気の源を探し出そうと視線を泳がせていると、仲間が一人足りないことに気が付いた。



―――戦闘を終えた筈のヒカルが、いつまでも自分達の所へ戻ってこないのだ。



更に視線を運ぶと、ロミルワの恒光の端に、見馴れた甲冑が浮かび上がる。
それがヒカルだと分かると、翼は彼の方に歩み寄っていく。
ヒカルはというと、翼が自分の方に近づいてくることさえ気付かず、その意識を一転に集中させていた。

(・・・なんだ? 何か気になるモンでも・・・)

ヒカルの眼差しが注がれる先に、翼も無意識の内に、目線を送った。
そこで、翼の表情が固まった。

「・・・ぐッ」

無残過ぎる屍が壁に凭れかかり、眼球の無いその朧な窪みが、ヒカルの瞳の奥を貫いていた。
何の恨みがあるのかと思ってしまう程の、残酷な所業。
引き裂かれた臓腑が、屍の周りを囲むように飛び散っている。

・・・凄まじい光景だった。

胃を迫り上げる圧力を堪え、ヒカルも翼も、手持ちの武器を仕舞うことすら忘れて、口許を押さえる。

「なんて、酷い・・・酷すぎる」

只、呻きしか、出ない。
この迷宮のモンスターは、これほどまでに獰猛に、残忍に、容赦も無しに、冒険者を襲ってくるものなのか。
足の先から、感じたことの無い寒気が湧き上がってくる。





そこへ、二人の様子に気が付いた残りのメンバーがやってきた。
麗はヒカルの後ろから、芳香は翼の背後から、二人が何を見つめていたのかを覗き込もうとする。

「・・・ッ! 芳姉、ダメだ!」
「麗、来るなッ、見ちゃいけないッ!!!」

彼女達の気配を感じた二人は、ハッ、と振り向いて、その視線を塞・・・ごうとした。
だが、時は既に遅すぎた。
次の瞬間、割れんばかりの悲鳴が、玄室に響き渡った。
両の指先で口を押さえた麗は、ショックのあまり、その場で気を失いそうになるところを、慌ててヒカルに支えられる。
芳香は、翼の胸に顔を埋め、放り出してしまいそうになる意識を必死で引き戻している。

このパーティが今まで冒険を続けてきたエリアには、少なくとも、こんな無残な屍体は無かった。
(彼らが冒険者の屍体をあまり見かけていない、というのも一因なのかもしれないが)
地下1階層で魔物にやられたなら、オークやコボルドが持つ棍棒や短剣で身体を傷付けられた、
いわゆる“ある程度なら綺麗な屍”になる筈だ。
2階層の魔物も、1階層のものが少しばかり強くなっただけに過ぎないので、ここまで“見るに堪えない”ものにはならない。

恨めしげに見つめてくる屍体の眼窩から、パーティが眼を逸らすことが出来ずにいた、刹那。



   バァン!



玄室の扉が、砕けんばかりに勢い良く蹴り開けられた。

 

 

 

−−−−−−−−−−2006/06/18−−−−−−−−−−

扉から飛び込んできた翳は、握られた剱を下段に構えつつ、壁に沿って滑らかに身体をスライドさせ、
パーティと向き合うように、ピタリと静止する。
シルエットがぼんやりと浮き彫りになってくると、その翳は甲冑を着込んでいることが判る。
血で薄汚れた鎧が、真っ直ぐにパーティを捉え、一片の隙さえ許さない。
ヒカルは一瞬、その翳が地下4階層に出没する手練れ・ソードマンかと思ったが、そうではないらしい。

(ソードマンが、あれほどの動きをするわけがない・・・それに、然程・・・殺意を感じない)

その翳は、剱の切っ先さえパーティに向けているものの、
迷宮の魔物からは嫌というほど伝わってくる“冒険者への殺意”を放っていないのだ。
そう、その翳もまた、ヒカル達と同じ冒険者である、という証だった。

「剱を下ろされよ、僕達は・・・敵じゃありません」

ヒカルの言葉が耳に入っていないのか、それともわざと聞き流しているのか、翳が纏う緊張感は解けない。
余程自分達を警戒しているのだろうか・・・と考えたヒカルは、自分の手にある切り裂きの剣に気付き、

「私の名はヒカル。廻国修行中のロードです。騎士の作法に倣いて、剱を収めましょう」

そう言って、ゆっくりと剣を鞘に収めた。
後ろに立つ仲間達にも、武器を仕舞うように促して。
二、三刻の後、翳は漸く剱を下ろし、鞘へと刀身を翻した。
向けられた切っ先のせいで、ヒカルは翳が戦士(ファイター)なのか、侍なのかを見極めることが出来ずにいたが、
今やっと、甲冑の正体が、自分と同じ君主(ロード)であると判った。

「貴方は・・・たった一人で地下4階まで?」

短くヒカルが尋ねるが、君主は寡黙に徹し、何も答えようとはしない。
首を振ることさえもせず、じつと、ヒカルと向き合っている・・・かに見えたが。
ふい、と、君主の兜が傾いた。
どうやら、パーティの後ろにある、あの屍体に眼を留めたらしかった。

「・・・退いてくれ」

出逢ってからどれだけ経ったのか、やっと君主が口を開いた。
兜の面頬が降りて完全に顔を覆っている為か、その声はくぐもっている。
男性なのか女性なのか、全く判らない。
カシャリ、と甲冑を鳴らしながら、君主はパーティの方へ歩み寄ってきた。
一行は知らず知らずの内に身を引いて、君主の通り道を作ってやる。
(君主がいきなり剱を突きつけてきたのが不服だったのか、魁だけは舌打ちをしながら、だったが)

ゆっくりと屍体の前に屈んだ君主は、物怖じもせずにそれに手を伸ばし、細部に至るまで詮索し始めた。

「全身に細かい傷・・・バディアルマか?
 いや、違うな・・・これはきっと、最下層の・・・“ヤツ”に・・・」

独り言を零しながら、君主が項垂れている屍体の顔を覗き込んだ時。
はっ、と微かに息を呑む声がした。
先程の威圧感が一気に失せている君主の様子に只ならぬ何かを感じたヒカルは、遠慮がちに訊ねた。

「どうか・・・なさいましたか?」

ヒカルの質問は、君主には届いていないらしかった。
君主の伸ばした腕が、糸が切れたように、だらん、と落ちると。



「ヨー・・・シュ!!!」



そう呟いた君主の身体が、小刻みに震え出した。

「お知り合い・・・なんですか・・・!?」

揺れる兜が、ヒカルに応えてコクリ、と頷く。
ヒカルは二の句を告げることが出来ず、細く息を吐いて俯くしかなかった。

 

 

 

−−−−−−−−−−2006/06/20−−−−−−−−−−

「名乗り遅れてすまない。先ずは、先程の非礼をお赦し願いたい」

如何ほど経ったか、震えの治まった君主は、深呼吸を一つして。
パーティの方へ向き直り、深々と頭を下げて詫びる。
(やはり魁だけは、面白くなさげに、そっぽを向いたままだったが)

「私は、ジーン・ユードラ・ソーンダイクと申す者。
 このリルガミンの地より遥か北に位置する、名も知れぬ小国の王位継承者の一人。
 今は骸となってしまったヨーシュ・・・この者と、我が国を救う術を捜していたのだ。
 我が国は小国故、物資を遣り取りする物好きな他国も現れない。
 民は飢え、土地は痩せる一方だ・・・
 このままでは、我が国は死を待つしかない・・・そう諦めかけていた時、
 私の耳に、城塞都市リルガミンの領主・トレボーが持つ、あの魔除けの噂が舞い込んできた。
 だが、小国の主など、この広大なエセルナートの地では、ただの人でしかない。
 城へ赴くも、私など相手にされず、門前払いにされたよ・・・
 魔に辱められしこの肉体を、今一度在るべき姿へ・・・ミームアリフ・ダールイ」

淡々と話しながら、迷宮の暗がりに置き去りにされた屍体に手を翳し、目を瞑って真言葉を詠唱する君主。
ふわり、と、優しい癒しの光が、玄室を満たしていく。
唱えられたマディの治癒の力で、屍体の撒き散らされた臓物は収まり、全身の傷は無くなる。
ズタズタにされていたのは鞣して鍛えた豪奢な革鎧、頭皮ごと毟られた髪は、陽に灼けた栗色に戻る。

だが、いくら身体が元の状態に戻ろうとも、この屍に魂が還ることは、二度とない。
死(デッド)の状態になってしまってから、時間が経ち過ぎていたからだ。

凄惨さが幾らか拭われた命の器を横たえると、君主はその横に跪き、屍にそっと自分のマントを覆い被せた。

「ジーン殿・・・とお呼びすればよろしいですか」

君主の反対側に跪いたヒカルは、その兜の奥に輝く眼光を真っ直ぐに見つめ、静かに問うた。
篭手を外し、細い指を組んで祈りの形を作りながら、君主は緩やかに首を振る。

「自国の民には、私の名の頭文字を取ったもの・・・、親しみを込めてジェットと呼ばれている。
 だから、君達もそう呼んでくれていい」
「では・・・ジェット殿、初対面でこんなことを言うのも差し出がましいのですが、
 同じ君主として、この方の冥福を祈らせて頂きたいのです。お赦し、願えますか」

戒律は悪となってしまったが、相手を思いやる暖かい心が、その奥に確かに息づいているヒカル。
君主―――ジェットは、黙祷の為に下げていた頭を、驚いた様子でハッ、と上げた。

「勿論・・・ありがたい。祈ってやってくれ」
「ありがとうございます」

唱えられた応に柔らかく微笑んだヒカルは、ヨーシュの屍に手を添えた。

カフアレフラー・カフイ (神の息吹を以って、この身に祝福を齎し給え)」

淡光が、命が離れた肉体を包み込んだ。
ヒカルが唱えたのは、僧侶系第1レベルの呪文・カルキ(祝福)。
通常この呪文は、戦闘中、パーティを敵の攻撃から守る補助的役割を持つのだが、
リルガミンのカント寺院では、蘇生の儀式を行う際に、その長い詠唱の中に含まれているものでもあった。
だからヒカルは、敢えてこの呪文を、屍に唱えたのだ。



―――命が完全に肉体から離れてしまった死者を、安穏たる死後の世界へ導く為に。



カルキの光が治まると、ヒカルは顔を上げて、ジェットに問う。

「不躾で申し訳ないのですが、その・・・何故このような事態に?」
「うむ・・・」

脇に置いた篭手を取って再び両の手に装着しながら、ジェットは徐に語り出す。

「地下9階層に下りて、翼龍(ワイバーン)と戦っていた時だ。
 其処が、シュート(※1)のある部屋だということを、私達はすっかり忘れていて・・・
 ヨーシュは足を踏み外し、シュートから地下10階層、つまり、最下層へ落ちてしまったのだ。
 翼龍を倒して、直ぐに後を追ったが・・・シュートの先に、ヨーシュの姿は無かった・・・」

握り締められたジェットの拳が、かたかたと戦慄いている。
その時の様子を、沸々と思い出しているのだろうか。

「ヨーシュは、まだ未熟な盗賊(シーフ)だった・・・
 呪文も唱えられず、戦闘力も足らぬ盗賊が、一人で最下層に放り出された。
 “必ず逢える”と、希望を棄てずに玄室を廻ったが・・・
 ・・・・・・・・・まさか、こんな形で、ヨーシュと再び逢うことになるなんて・・・!!!」

悲痛な言葉は、迷宮の闇に融けて消える。
乱れそうになる心を抑え、ジェットはヒカルの方に視線を向ける。

「ヒカル殿・・・と、申されたか。君達は、地下9階層に赴かれたことは?」
「いえ・・・僕達は、まだ・・・。今日初めて、此処より下層へ降りようとしていたところです」
「そうか・・・此処で逢ったのも、何かの縁だ。君達に一つ忠告しておくよ。
 無駄死にしたくなければ、」

魁の道具袋から垂れ下がっているブルー・リボンを見止めたジェットは、
パーティの後ろに構えられたプライベート・エレベータを指差して、言った。



「地下5階層から8階層の全てのフロアには、足を踏み入れぬことだ」



眼光が、煌めく。
思いもしなかった言葉に、押し黙っていたヒカル以外の全員が、『えっ?』と声を上げた。
怪訝な表情で顔を見合わせているパーティに、ジェットは言う。

「君達が丁寧にこの迷宮を探索してきたのなら、3階層に行ったことがあるだろう」
「え、ええ・・・回転床やピット(※2)だらけのフロアで、マッピングするのに随分神経を擦り減らしましたが・・・」
「その苦労が解っているなら、余計に行かない方がいいフロアだぞ、その階層は」
「それは・・・つまり、その計4階層に渡るフロア全てが・・・
 一歩間違えば、探索しているだけで死に至るというトラップだらけのフロア、ということですか」

不安げに訊ねるヒカルに、ジェットは「然様」と短く頷いた。

「でも・・・何故そんな、“無駄足を踏む”ようなフロアが何階層も存在しているのでしょうか・・・」

眉間に皺を寄せたヒカルは、思っていた疑問を口にする。
思案するヒカルを尻目に、ジェットは玄室の天井を振り仰いだ。

「君達は、この迷宮が何と呼ばれているか知っているか」

疑義の答えが分からず、パーティは応えかねている。
上を向いたまま、ジェットはうわ言のように続けた。





“Proving Grounds of the Mad Overlord” (狂王の試練場)





誰かが、ごく、と喉を鳴らした。

「領主トレボーが、彼の魔除けを盗んだ大魔導師・ワードナと密かに手を組んで、
 この迷宮を創ったのではないかと云われているのだ」
「馬鹿な・・・そんなことが・・・?」

一番初めに驚嘆を示したのは、蒔人であった。
遅れて、麗も戸惑いの表情を見せる。

「“王様の魔除けを、悪い魔導師から取り戻す”っていうのは・・・嘘なの・・・?
 本当の目的は、迷宮に解き放たれた魔物と戦わせることかしら・・・?」

一体何の為に、と、翼も疑惑を貌に表した。
その隣で、いまいち話の内容を掴めていない芳香は、翼の腕を抱えて、彼の顔を覗いている。
魁はというと、首を傾げるばかり。

「分からんが・・・そういう風に解釈すれば、意味の無いフロアが続いているという説明もつくだろう。
 真意は・・・誰にも掴めぬものではないが・・・な」

消え入るように言い終わると、ジェットは、マントで包んだヨーシュの屍を横抱きにして腰を上げた。
ヒカルも慌てて立ち上がる。

「もう、行かれるのですか」
「ああ。民の為、と謳って勇んできたが、傍にある最も大切なものすら護れぬ私だ。
 それに、ヨーシュのことを考えず、自分の力に自惚れて、無茶な旅を続けていた・・・
 私は・・・君主である資格など無い・・・、ましてや、生きる資格さえも・・・」

自嘲を纏い、翳を負い、ジェットはパーティに背を向けた。

「ヒカル殿・・・、ヨーシュに祝福を捧げて頂いたこと、礼を言う。ありがとう」

微かに頭を下げつつ、ジェットはプライベート・エレベータとは逆の方・・・
パーティが4階層へ降りてきた、つまり、上層へと続くエレベータのへと向かっていく。
ヒカルは、無意識の内に、その背を見て感じた。



(いけない・・・この君主は!)



   ぎぃぃ。

軋んだ音を立てて、扉が開かれる。
迷宮の深淵に、ジェットの後ろ姿が紛れていく。

「ジェット殿!」

言い知れぬ責任の重さを背負った昏い背に、ヒカルは腹の底から声を出し、呼び止めた。
覇気を失ったその眼が振り向き、僅かに瞬いた。

「貴国の民は、貴殿を待っておいでです・・・必ず、生きて祖国に戻られますよう!」

ヒカルは腰に手をやり、切り裂きの剣を鞘から引き抜くと、ヒルトとフラーを逆手に持った。
すると、ブレードが、ポメルに付いた宝玉が、薄闇に輝いて見えて。
まるで、それは。





―――死へ向かおうと彷徨える者を救いへと誘う、白く光る十字架のようだった。





最早、この世の闇しか映らないと思ったジェットの瞳。
目深に被った兜の隙間から、雫が一筋、伝っていったように見えた。





・・・そして、扉は閉じられた。





※註

1)シュート
特定の場所に冒険者を転送するワープゾーンのことを指す。
落とし穴に近い形状をしているらしいが、このトラップに引っかかっても、ダメージは受けない。
ちなみに、WizardryシナリオIでは、シュートは地下9階層の1箇所にしか存在しない。

2)ピット
落とし穴その2。
しかし、こちらの方は完全なトラップで、パーティ全員に大ダメージを与える。

 

 

 

−−−−−−−−−−2006/09/10−−−−−−−−−−


探索から街に戻った一行は、ギルガメッシュの酒場で食事を摂っていた。
昼にやいのやいのと騒いでいた賑やかな彼らは、もう其処には居なかった。
一日にしては起き過ぎた多くの事柄が、彼らの心を打ちのめしている。
ろくに会話もせず、食事を終えた者から次々と席を離れ、最後に食卓に残ったのは、麗とヒカルだった。

何かを話すべきなのか、それともこのまま押し黙っていればいいのか・・・
手に持ったグラスの中で、青い海に踊るチェリーを眺めながら、麗は口を開けずにいる。

「麗」

呟くように、ヒカルが呼びかけてくる。
ぼうっとしていたせいか、麗はそれに応えるのにワンテンポ遅れてしまう。

「は、はい?」
「ちょっと話があるんだ。
 出よう。もうチェックは済ませたから」

レシートをヒラヒラさせながら、ヒカルは席を立つ。
いつの間に、と思いながら、彼の後を追いかけるように、麗は慌てて立ち上がった。





街外れの円型砦跡ラースに、歩く陰が二つ。
始生魄が、二人を見下ろしている。
城下の昼の喧騒も、迷宮の圧し掛かるような空気の重さも、此処まで追ってこない。
ただ、虫の音と梟の声だけが、夜の静寂に舞っている。

「綺麗な夜空だね」

空を仰いだヒカルが、感じたことをそのまま言った。
子供のような彼の横顔を見上げつつ、麗は「そうですね」と返す。
が、会話はそのまま、薄闇に放り込まれてしまった。
数えるほどの星が僅かに瞬き、始生魄の周りを彩るが、その美しさが、一層気まずさを募らせてしまう。
意を決して、麗はその場で立ち止まった。

「先生」
「ん・・・?」
「あの、話って・・・なんでしょう?」

『話がある』と言ってギルガメッシュの酒場を出たにも関わらず、
その“話”の内容をなかなか切り出してこないヒカルに、麗は内心、首を傾げていたのだ。

少し間を置いて。
ヒカルは、麗の顔を覗き込んで、優しく言う。

「・・・ジェットさん達と別れてから、麗はずっと浮かない顔をしているよ。
 アヴェニューを歩いていた時も、酒場で食事をしている時も、ずうっと、ね。
 それが言いたくて」

麗の思考が止まった。
それから一寸の後、身体がボッと熱を帯びる。

(先生に、ずっと・・・見られてたんだ、私の顔)

身体中の血液が、どくんどくん、と波打っているようだった。

「何を・・・考えていたの?」
「・・・・・・」

ヒカルの質問に、麗は答えられずにいた。
言葉が出てこず、そのまま俯いて、黙り込んでしまいそうになる。

「ジェットさんと、ヨーシュさんのこと?」

ローブの袖を握り締め、麗はこくりと頭を縦に振った。
迷宮を出てからも、ギルガメッシュに居る間も、あの君主の涙の意味ばかりが、頭の中をぐるぐると巡っていた。

閉じた扉の向こう側で、ジェットは何を思っていたのか。
その後、若き君主は、死んでしまった従者スクワイエアを追ってしまったのだろうか。
それとも、生きることを諦めずに、ちゃんと祖国に向かってくれたのだろうか・・・

ヒカルの方を向いた潤んだ眼は、そんな疑問を投げかけてくる。

「ジェットさんは・・・大丈夫。
 あの人は、きっと強いよ。凄く強い心を持ってる。僕は、そう信じてる」

まるで、自身に言い聞かせるように。
胸に手を当て、ヒカルは何度も小さく頷いて。
もう一度謁える時まで、同じ君主として、彼はジェットを信じ続けると誓っていた。

『僕は、そう信じてる』

だからこそ、その言葉は、驚くほど自然に、麗の胸にストンと落ちたのだ。
先生がそう言うなら、きっと大丈夫だ、と。
今まで不安に思っていたことが嘘のように、麗もあの君主の無事を信じることが出来た。





「先生は、やっぱり先生なんだな、って思いました」

ふと、麗はそんなことを言い出す。

「・・・はは、なんだいそれは」

可笑しなことを言うね、と、やや乾き気味の笑いを添えながら、麗の方を見る。
だが、彼女の眼差しは、何処までも真っ直ぐで。

「先生は、ロードなんだ、って。とても優しいロードなんだ、って」
「うら、ら・・・?」
「ああいう風に、先生に見送られてなかったら・・・、ジェットさんは、きっと・・・
 あの迷宮の中で・・・あの場所で、自ら命を絶っていたと思うんです」

麗の言う通りだったかもしれない。
『自分に君主である資格など無い』と毀したジェットには、明らかな死の気配が佇んでいた。
従者を護れなかった罪悪感を、自分を殺めることで贖おうとしていたのだから。
ジェットの罪の意識を掬い上げたヒカルの心遣いは、優しさ以外の何物でもなかった。

「せん、せい、」

咄、麗の声が、少し震えた。

「もし、私が死んだら、」
「麗ッ!!!」

咎めるように放ったヒカルの叫びは、強烈に麗を打つ。
彼女の肩がビクリと跳ね、俯いていた瞳が上がり、恐々とヒカルを見つめた。

「冗談でも、そんな例え話はしないでくれ・・・考えるだけで胸が痛くなってしまう」

苦々しく、ヒカルは言葉を毀す。

そう、冗談でも。
麗が死ぬ、なんてことは、間違っても・・・あってはならないことなのだ。
喩え話だとしても、“そんな事態”を頭に巡らせるだけで、胸が張り裂けそうになる。

「あの三日月に誓う。僕は、命に代えても、キミを、護る」

咽び、震え出す小さな肩を抱き締める腕に、力がこもった。
君主に見つめられた始生魄は、視線を恥じるように、薄っすらと夜の筋雲に身を隠し始める。

「やめて・・・ッ」

ヒカルは、腕の中で拒む声を聞いた。
ハッと見ると、今にも零れ落ちそうな涙が、麗の瞳に溢れている。

「どうして・・・? 僕は、キミのことが何よりも」
「言わないで・・・そんなこと、言わないで・・・ッ」

ふるふると、麗はただひたすらにかぶりを振る。
麗に向ける自分の想いが、はっきりと拒まれてしまったのかと、一瞬、ヒカルの血の気が引いた。
だが、そうではなかった。

「命に代えてもとか・・・そんなの、言っちゃいけないコトです・・・
 私は、そこまでして、先生に護って欲しくない・・・!
 先生には、ずっと傍に居て欲しい・・・!
 先生が死んで私が生き残っちゃうとか・・・そんなの、イヤ・・・! イヤだよ・・・ッ!!!」

鉄の板に覆われたヒカルの胸に顔を埋め、ついに、麗の頬に光の筋が伝って落ちた。
一度溢れ出した泉水は、止まることを知らぬように、次から次へと湧いてくる。

あの昏い迷宮の中で、誰一人傷つかずに大切なものを護る術など在るのだろうか。
自分も、護られる相手も、意識のせぬ内に傷ついている筈なのだ。
誰もが強くありたいと願う想いを、あの場所は容易く捻り潰してしまう。
己の掌の上でもがいて足掻く冒険者達を、侮蔑し、嘲笑うかのように。

「麗、僕は・・・」

続く言葉を飲み込むと、己にしがみついて涙を零す小さな人魚を、ヒカルは堅く抱いた。
少しでも、と、心に根付く不安を溶かすように、二人は強く抱き締め合う。

「僕の傍からキミが居なくなるなんて考えられない。
 そんなこと、考えるだけでも辛いのに、本当にキミが居なくなってしまったら・・・
 僕は、気が狂って死んでしまうかもしれない」

胸の奥に閉じ込めておいた言葉を吐き出した瞬間、ヒカルの眼の強い光が、ふと失せたような気がした。
何事にも動じないと思っていた彼のそんな表情を見て、麗も自ずから、想いを口にした。

「私・・・、カント寺院の石のベッドに横たわる遺体を見てから、あんな風にはなりたくないって・・・思った。
 魂と身体が遠ざかって、生命の繋がりが完全に失せてしまったら、
 身体はアッシュになって、いずれは消滅ロストしてしまうんだ、って・・・
 ううん、それよりも、みんなに・・・置き去りにされてしまうってことが・・・一番、怖くて仕方ない」

麗は感じていた。
孤独という恐怖は、何物にも勝り、全ての想いを殺めてしまうということに。
その一定の感情に覆い尽くされた冒険者は、己のことを考えることすら叶わず、血に飢えた魔物の餌食となるだけで。
闇が迫り来る・・・そんな恐怖に負けてしまった者の末路は、果てなど見えぬ深淵の世界にある。

ヒカルは、あの無残な屍と、絶望に呑み込まれそうになっていた君主を見て、密かに胸中で誓ったことがあった。

麗を、死なせやしない。
死してまで魔物に玩ばれるような・・・あんな姿にさせてたまるものか。
命を擲ってでも、僕が死してでも、彼女を護らなければならない。
それが、君主として与えられた、僕の使命なのだから。

ヒカルの視線と、少し腫れた麗の眼の光が、緩やかに絡む。
未だに彼女の大きな瞳から毀れ続ける雫を、ヒカルの親指がすうっと、その軌跡ごと拭った。
指はゆっくりと麗の口唇をなぞり、彼女の顎を支えて。

はっきりと、優しく。
二人の口唇が、柔らかく触れ合う。

脆き君主と弱き僧侶の口づけは、互いの意識のせぬ内に、次第に強いものとなり。
それは、夜の朧の向こう側へと、



紛れ、



薄れ、



そして、





―――解ける。

 

 

 

 

 

−−−−−−−−−−プレイ後記・後書−−−−−−−−−−

続く・・・かもしれない、マジレソWizつれづれプレイ日記でございます。
だらだら進行でほんっと申し訳ございませぬ・・・ orz

今回のお話は、マジレソメンバーの出番が少なく、私の悪友を模したオリキャラが出張ってしまい、
読んで頂いた方々に「おいこれ“マジレソWiz”ちゃうやんけ!」と怒られないかとビクビクしております(汗

で、今回は、前回首斬られそうになってブッ倒れてただけの哀れな先生をフィーチャーしてみました。

マジレソWizは金青と黄桃がメインだというのに、それを出し切れてないなぁと思ったのも理由ではありますが、
先生のクラスである“君主”の持つ役割とその意味合いを、一発ドカンと書いてみたかったのです。
ただ僧侶呪文を唱えて、剣振り翳してパーティの前に出ているわけではなく、彼は彼なりの流儀を通している筈。
・・・例えば、このエピソードに書かれているような。
戒律は変わってしまっていても、先生の中に息づく“君主”の血は、隣人を見捨ててはおけない。
彼の懐の広さや深さ、その慈愛の精神を感じ取って頂ければ感無量です。

あと、もう一つ。

このお話で感じて頂きたかったことは、Wizardryという世界のオドロオドロしさです。

FFやドラク工と一味違う、ダークでドロドロしていて、なおかつシビアな世界観。
どれだけレベルを上げても、クリティカルヒットを喰らえば、一撃で死してしまうその緊張感。
RPGと一口に言っても、Wizardryほどのブラックさを持ち合わせたものは、そうそうあるもんじゃない。
(ダンジョン内に入ったら壁と通路しか見えない“面”画だし、それ以外じゃお城の絵しか表示されないし)
私がお話の中で書いてる「一瞬の油断が全滅に繋がる」というのは、つまりはこういう意味ですわ。

さて、プライベート・エレベータ編はココまでで終了ですが、マジレソWizはまだまだ終わりません。
うーん、自分の遅筆が歯痒いぃぃ〜〜〜。

ダンジョンの中の話もアレですけど、城下町でのお話も、もうちょっと書いた方がいいですねコレ(w
空気が重いわ(苦笑





・・・ちょー余談(ほぼ日記より抜粋)・・・

あのオリキャラは、日記とかでたびたび名前が出てくる、私の悪友をモチーフにしています。
ジーン・ユードラ・ソーンダイク<Jean Eudora Thorndike>の頭文字を取って、<J.E.T.>でジェット。
なんとも安直・・・ orz
(Jean Eudora Thorndike:“北国のイバラの王・ジーン”の意味)

そんで、未熟なあまりに死んでしまった哀れな盗賊・ヨーシュは、わたくし自身がモデルになっております。
YoSwitch→YoShで、ヨーシュと読んでください。ムリヤリ。
弱くてヘボくてって、うわあウチらまるで現実そのまんまやね!<サムアップしながら

(2006/09/11)

 

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