「かーっ、くそぉ、寒いなァ」

仕事が終わって、僕は帰り道を急いでいた。

連日、客先からの要望を、資料に反映させる。
資料ができあがったら、客先にソレを見せに行く。
指摘が上がって、ソレをまた直して、資料を添削。
それから、分厚くなった資料抱えて、また客先へ飛んでいく。

寒空の下、遠路遥々出向いてきた僕の両腕には、辞書みたいになったファイルが3束くらいある。
客先主任に逢った途端、腕の中からファイルを奪われ、
死人の台帳を見る閻魔大王の如く、舐めるようにねっとりと資料に眼を通される。
指摘を検討する箇所についての案が口頭で交わされるが、それ以外は、ほぼ静寂、無響、時折・・・森閑。
何時間もの重っ苦しい沈黙から開放されたかと思ったら、客先主任の彼は、僕を一瞥して、こう言い放つのだ。

「なにやってんの。ソレ持って早く帰れよ」

ってね。
労いの一言も無かったから、僕は怒りを通り越して呆れた。

「お疲れ」とか「今度もまたよろしくね」とか、そんな一言だけでもよかったのに。
僕はその言葉すらも、もらえなかった。



―――で、会社に資料を置いて、只今帰宅途中です。











     【 Le visiteur est Écaille 】










休日になったら、特に趣味の無い僕は、ボーッとTVを見て一日を終える。
こんな毎日を送って、僕の悶々とした気持ちに晴れ間はなかった。
ましてや、今日は街中が浮ついた気分になる日だ。
僕の心は、いつもよりさらに、汚泥のように暗く澱んでしまっていた。

だからせめて、その“気分”だけでも貪ってやろうと、帰り道のコンビニで、
フライドチキン2つと、小さなショートケーキ、それから・・・白桃のシャンメリーを買った。
僕はそんなにお酒に強くないから、これくらいで充分だと思った。

家にそんなもの持って帰ったところで、僕は一人暮らし。
一緒に聖夜を喜ぶ家族も居なければ、笑い合える恋人だっていない。
恋人・・・は、居たには居たんだけど、3年前に下らない理由で別れたっきり。
それ以来、仕事にかまけてばかりで、そんな人、作ろうとも思えない。

まぁそんなわけだから、僕は今こうして、鼻水をすすりながら、
コンビニの袋をひっかけて、俯き顔で帰り道を急いでいる。

風がひゅるりと前から吹いてきて、僕のコートを捲り上げた。
思わず襟を掻き合わせて、先程よりも深く首を縮こませた。

「なんやねんこの寒さ・・・俺へのあてつけか」

悪態を吐きながら、早足でぱたぱた歩く。
・・・マンスリーマンションの明かりが見えた。
コートのポケットをまさぐって、鍵を探す。

と、その時だった。





「にゃあ。」





・・・?

右脚に、生暖かい温度。
僕は慌ててコンビニ袋を持ち上げ、死角になっていた右脚を見た。

「みゃおぅ」

・・・猫だった。

首輪を着けていないから、きっと野良猫だろう。
でも、野良とは思えないほどふわふわした毛並みの三毛猫だった。
人馴れしているのか、猫はずっと、僕の脚に身をすり寄せていた。
そっと身体を離して猫の前にしゃがむと、そいつも何故かお座りをした。

「こんばんは、猫さん。一人で何してるん?」

質問を無視して、猫は僕の腕にかかっているコンビニの袋に、鼻をふんふんとひくつかせている。

「お腹空いてるんかァ? でもコレはアカンで。コレは俺のチキン。
 お前に食われたら、俺のメシがなくなるわ」

苦笑いしながら話しかけるけど、やっぱり無視。
挙句の果てに、こいつは袋に頭を突っ込ませてきた。

「わーッ、やめろって、俺のメシ!」
「なあぁぁぁ」

焦って袋を引っ込めて、急いで立ち上がる。
けど、この懲りない猫、僕にすり寄って離れようとしない。
危うく、スーツに爪を立てられそうになったので、致し方なく、
少しだけチキンを千切って、猫の鼻先に持っていく。

「コンビニのチキンなんて・・・動物の身体に悪いんやで?
 保存料やら香料やら、なんかいろいろ使われてるらしいし」

人間の食べ物を動物にあげるのは、絶対によくない。
でも、そう頭では理解しているクセに、野良にエサやって満足するなんて、人間のエゴだな。

僕の心配をよそにして、猫は「うにゅう」を咽喉を鳴らしながら、
大きな口を開けて、チキンの切れ端に噛みついた。
もぐもぐと5回くらい噛んだかと思うと、猫の咽喉が膨らんだ。

「ちゃんと噛めよお前」

もっとおくれよ、と言いたげな猫の瞳から視線を引き剥がすと、
僕は逃げるようにマンションの階段を駆け上って、部屋に転がり込んだ。





ストーヴとTVを点けて、炬燵の電源を入れる。
炬燵に袋を置いて、コートとスーツをクローゼットに突っ込み、ワイシャツは洗濯機に放り投げる。
寒い寒いと一人で喚いて、部屋着に着替えると、キッチンの食器棚からグラスを一つ取ってきて、
暖かくなり始めた炬燵に身体を捻じ込ませた。

「ふぃー、極楽極楽」

誰にともなく呟くと、僕はシャンメリーの栓を開け、グラスに注いだ。
しゅわしゅわと泡の弾ける音が、なんだか物悲しいけど。

(3年前、俺はアイツと、ここで一緒に笑ってたんよな)

ふと、感傷に浸ってみる。
“恋人”が居ないと、同じ部屋でも、こうも違うものなのか、と。
・・・余計寂しくなってきたので、意味もなく一つ、咳払い。

「んでわ、一人きりのクリスマスに、乾杯。メリー・・・」

グラスを持ち上げ、乾いた声でそこまで言った時。





かりかり・・・ かりかり・・・ かり、かり・・・・・・





「ん?」

ベランダの方から音がする。
ここは2階だ。
人がベランダからこんにちは、なんて、ちょっとシャレにならない。
『クリスマスに独身男性襲われる!』なんてのも、当然イヤだ。

玄関から傘を一本取ってきて、リビングに戻る。
右手で柄を握り締め、ベランダの窓のカーテンを、思いっきり引いた!



「・・・・・・・・・・・・・・・なーお」



「お前か!!!」

僕は派手にズッコケた。
なんと、さっきの三毛猫だった。
あれだけダッシュしたのに、よく僕を追いかけてこられたもんだ。
チキンに味を占めたんだろうか・・・僕の部屋まで来るとは、見上げた根性。

仕方がないので、僕は窓を開けて、意外すぎる来客を迎え入れた。
外は息が凍りそうなほど寒いし、このまま放っておくのは、あまりに忍びない。

「ここペット禁止やねんぞ・・・」

ヒヤヒヤしながら言ってみるが、やはりこの猫、無視を決め込んでいる。

「みゃあ」

(・・・それでもやっぱり、炬燵の上のチキンは狙ってくんのな)

「しゃーないなあ・・・ あーあ、俺のチキンやのに」
「にゃ」
「はぁ〜。ほな、猫さん、それ俺からのクリスマスプレゼント」
「みゃー」

かくして、2本のチキンの内の1本は、物の見事に猫の晩ご飯となった。
猫の根性、というか執念に負けた・・・チキン買ったの僕なのに。
ケーキはというと、最初は物珍しそうに見ていたけど、鼻頭に生クリームをつけてやったら、
さすがに「み゛ゃっ!」とビビって、それから手(というか前足)を出してこなくなった。

(なにこの猫。ちょっとおもろい)

「クリスマスいうのに、俺、ナニやってんのやろ」
「にゃう」
「ま、えっか」





『メリー、クリスマス。[誰か]さん』





こんなクリスマスも、まぁ、悪くないね。










+++了+++




















<AFTER WORD -後書->

「月の子イ共」の小噺はどうした!って言われそうなんですけど、まぁ、ほら、ね<ごまかした

そんなわけで、今年のクリスマスも、私は一人です。
さっきまで仕事してました。
で、家帰るなり、これを勢いで書いてみた。
いつもになく、構想を練らずに、勢いに任せてみた。
たまにはこういうのも、イイかなーなんて、ね。

「何気ない日常の中に起こる、突飛な出来事。
 突拍子もないことなんだけど、それが幸せなことだと、胸の中がほっこりしてくる。
 決して大きなことじゃないけれど、それもまた日常なんだよね。」

みたいな感じで。ひとつ。<なんなの

もう一つの隠しコンセプトとして、「ぬこをかわいく書いてみる」だったんだけど、
この小噺の中じゃ、チキン喰ってみゃーみゃー言って終わっとる(w

皆さんにも、小さな幸せ、ありますように。
Happy Merry Christmas, to YOU!



(2007/12/25)

 

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