+++ 僕のトナリ。+++ (Version ClaSick : not “classic”)

 

その人は、公園のベンチに座っていた。

両腕を膝の上にチョコンと乗せて。
左手の中指には、蝶のシルバーリングが填められていた。
なんだかそれは、まるで、神聖な徴のようで。
トクベツな人にしか、与えられない称号のようで。

僕は、ドキドキした。
こんなキモチは初めてだ。
たった今、彼女を見たばかりなのに・・・この胸の高鳴りは、一体何なんだろう?

今この場で、スグに彼女に話し掛けないと、もう彼女に逢えないような・・・そんな気がした。
でも僕は、できなかった。
そんな勇気、これっぽっちも無かったんだ。

どうしよう、ホントにどうしよう・・・
困ったどころの騒ぎじゃない、何をしてるんだ僕は・・・
今勇気を出さなくていつ出すって言うんだよ・・・

「あの・・・」
「・・・え?」

心臓が止まるかと思った。
そんな生易しいモンじゃない、喉から心臓が飛び出すかと思った。



―――“彼女”が、今・・・僕の・・・目の前に居る!!!



「私のカオに何かついてた?」
「ぅえッ?」

何が起こったのか分からなくて、頭の中がグチャグチャになって、なんだか吐きそうな衝動に駆られた。

「なんて声出してるの、キミ」
「ぁう・・・えぇ?」

何語を発してるんだよ、僕は。
しっかりしないとダメだろう!
状況を把握しろ、“彼女”から喋りかけてきてくれたんだぞ!?

「ははっ、おもしろいねー、キミ!
 いやぁ、ずっと私の方見てるモンだからさ、何か用でもあるのかなーと思ってね。
 でもキミ、ちっともコッチに来ないから、自分で来ちゃった。私に何か用?」
「あっ、いや・・・用、って程じゃ・・・」

やっぱり僕はダメだ、しっかりしようと思っても、カラダが言うコトを訊いてくれない。
反応もしどろもどろで、なんだか挙動不審極まりない。
そんな僕を見て、彼女はケタケタと無邪気に笑っている。
彼女は笑いを止めると、ちょっとだけ眉を顰めた。

「あれぇ? なーんだ、何も無いの?」
「あの、あ、その、何も無いワケでもないんですが・・・」
「どっちだよ〜、ちゃんと言ってくれなきゃ分からないよ」

やばい、きっと彼女、今イライラしてる・・・
せっかく話し掛けてきてくれたのに、何やってんだ僕は・・・
彼女を行かせたくない・・・僕の、このキモチを伝えるまでは!

「取り敢えず、そこ座ろ?」

歯を食い縛ってる僕を見兼ねてか、彼女は、さっきまで自分が座っていたベンチを指差した。
促されて、僕はゆっくりとそこに腰を下ろした。
彼女も同じように、いや、さっきと同じようにチョコンと座った。

「なんで、私を見てたの?」

陽だまりのような微笑みを浮かべて、僕の顔を覗き込む彼女。
長い睫毛と、サラサラの栗色の髪が風に靡く。

「私を見て、何を思ってた?」

この人、全部分かっているんじゃないだろうか。
僕のキモチを。
声に出せない、僕の胸の内を。

「実はね、私も、キミを見てたんだ」
「え? ど、どおしてっ?」

もう、何がなんだか分からない。
彼女も、僕を見ていたなんて。
ドラマに出てくる恋人同士じゃないんだから。

「キミが顔を伏せた時、私はキミを見てた。そして、私が俯いた時、キミは私を見ていた。
 そーいうコトでしょ、つまり?」
「そ、そーいうコトって・・・言われても・・・」
「あれだけ見つめられちゃ、気付かないほうがオカシイよ。
 でも良かった、別に奇特な目で見られてたワケじゃなかったんだ」
「そ、そんな、奇特だなんて!!!」

無意識の内に、僕は声を張り上げていた。
彼女はビックリして、目を丸くしていた。

「貴女はキレイだ、すごくキレイだ。奇特だなんて・・・そんなの、思うヤツがオカシイんだ」

ずっと声がどもっていたのに、自分でも分かるくらい、今はハッキリ喋ってる。

なんでだろう、彼女をそんな目で見る人なんか、この場所には居ないのに。
どうして僕は、こんなにムキになってるんだろう?

「僕は、貴女のコトが・・・す、すごく・・・キレイだと思うから・・・
 いや、思うからじゃなくて、貴女はすごくキレイだから!
 だから、僕はこんなにドキドキしてるんだ!」

自分で何を言ったのか分からないけど、とんでもないコトを口走った・・・ような気がする。
彼女の目が、フッと優しくなった。
そして、彼女はそろそろと口を開く。
次に放たれた言葉は、僕の心を打ち砕いた。

「ありがとう・・・でもね、そのキモチ、そのドキドキ、捨てて欲しいんだ」
「・・・え?」

何を言われたのか。
捨てて欲しい、って・・・
僕はフラれたのか、いや、そうじゃない、フラれたとかいう次元の問題じゃない。

「・・・僕・・・は・・・スイマセン・・・でも、このキモチ、嘘なんかじゃないんです」
「うん、分かってる」

また彼女は優しい目をした・・・
違う、優しい目をしているように見えるだけだった。
その目は、昏く光っていた。



「私、人間じゃないんだ」
「この世界に居ちゃいけないんだ」
「だから、恋をしても、されても、いけないの」
「ごめんね」
「でも、ありがとう」



人間・・・・・・じゃ、ない・・・?
どういう意味なんだ?
この人は・・・ナニヲイッテルンダ?

「人に見られちゃマズいから・・・ちょっとこっちに来てくれる?」

彼女は言うや否や、僕の手を引っ張って、ベンチ裏の木陰まで連れてきた。

「絶対、声を上げたり、逃げたりしないって約束して?」
「えッ、それ・・・ど、どういうコトですか?」

僕の声が上ずっている。
と、白くて細い指が僕の口唇に当てられ、彼女の口元からシッ、と鋭い空気が発せられる。

「好きだって言ってくれたから、私はキミに本当の姿を見せてあげられる。
 ・・・というか、見せたいのかな、自分勝手な理由だけど。
 だから、お願い・・・約束して?」
「・・・・・・・・・」

こんな綺麗な人が、人間じゃないなんて・・・思いたくない。
けど、彼女自身が、“自分の本当の姿を見せたい”と・・・言ってくれている。
迷った、心から。
でも僕は、自分のキモチに嘘は無い、そう彼女に言ったから。

「・・・はい」

一つ、頷いた。

「良かった」

彼女は、ふわりと笑った。



―――前髪が掻き上げられ、額に現れたのは、もう一つの眼。



「・・・・・・ッ!!!」

声を上げちゃいけないと。
僕は、喉まで出かかった叫びを、ごくっと飲み込んだ。

「ビックリ・・・するよね、普通」

再び前髪をサッと下ろすと、また彼女は昏い目をした。

「私・・・バケモノ、かな」

彼女の目尻に、光るモノが浮かぶ。
僕の表情が、驚愕を表しているコトに落胆してしまったのか・・・
冷めたような、諦観したような声を漏らしている。

「違います・・・」
「え?」
「違いますッ!!!」

僕は、お腹の底から声を出していた。

「僕は上手く言えないけど・・・貴女はバケモノなんかじゃない・・・ッ、人間だッ!!!
 でも、貴女が・・・貴女自身のコトを人間じゃないって言うのなら・・・
 そんなにいけないコトなんですか、人間以外がこの世界に存在するってコトは!?」
「ちょ、ちょっと・・・声が大きいよ!」
「ムグッ」

口を急に押さえられて、思わず息が詰まる。
彼女は慌てて、僕の口から手を離した。

「・・・スイマセン・・・僕・・・」
「ううん、いいんだ・・・ありがと」

俯きながらそう言った彼女は、僕の両手をギュッと握り締め。

「大丈夫、大丈夫だよ。だから、」

ああ、いつの間に、僕は。

「泣かないで・・・」

泣いていたのか。

「僕は・・・意気地無しで・・・何も出来ない・・・それに、貴女のコト・・・怖がってしまった・・・。
 なんて、僕は、ダメなヤツなんだ・・・」

息を吸っても、胸が苦しい。
肺が、酸素を欲しがってるのが分かるけど、しゃくり上げてばかりで、ちゃんと呼吸が出来ない。
彼女に、言わなきゃいけないコトがたくさんあるのに。
泣いている場合なんかじゃないのに。
どうしようもなく、自分が情けなくて。

―――“眼”に怯えたコトで、彼女を傷つけてしまった自分が許せなかった。

「僕は・・・僕は・・・」
「もう、いいから・・・大丈夫だから・・・
 キミがそう言ってくれただけでも、私が今まで生きてきた意味があった」

僕の手を離すと、彼女の身体が・・・淡く光り出した。

「ありがとう」
「・・・えッ!?」
「これで、私は・・・心置きなく、元の世界に帰れるよ」
「ま、待って! 帰るって・・・どういう・・・」

彼女を包む光が、次第に強くなっていく。

「もう、私は、この世界に居られない。あっちの世界に帰らなきゃいけない。
 その前に、私がこの世界に居た意味を遺しておきたかった・・・
 でも、どうすればいいか分からなかった・・・そんな時、キミが来てくれた。
 私を“人間”だって言ってくれた・・・嬉しかった・・・」

僕の手が泳いで、彼女の手の平を掴む。
・・・その手は、とても小さくて、暖かかった。
彼女は一粒、澄み切った瞳から涙を零した。

「これ・・・持ってて。私が居たっていう証に」

消えかかる手で、彼女は僕に何かを握らせる。

「待ってください! 僕はまだ・・・」

行ってしまう、このままでは。
彼女は傷ついたままで行ってしまう。
僕は・・・!!!



「          」



身体に白い渦が巻いて、彼女の身体が消える瞬間、その口が何かを紡いだ。
そして、その顔が・・・ふっ、と笑った。

「えっ、今、なんて・・・」

呼びかけようと声を出した。
けど、もう彼女の姿は、其処には無かった。

「何を・・・」

巻き起こった渦の力で舞い上がる木の葉が、僕の頬を撫ぜていく。
膝を附いて、地面に倒れ込む。

―――ちゃんと謝ってないのに、行ってしまった。
―――僕がもっと彼女の手をしっかり握っていたら、行かせることは無かったかもしれない。

いろんな考えが頭の中をぐるぐる駆け巡る。

「まだ、名前も聞いてなかったのに・・・」

ふと、手の平を見つめる。
そこには、彼女が僕に握らせた・・・蝶のリングが、淋しい光を帯びていた。





今、僕は、あの公園のベンチに座っている。
今にも貴女が僕のトナリに座ってくれるんじゃないか・・・
あの陽だまりのような、ふわりとした笑顔を僕に向けてくれるんじゃないか・・・そんな期待を抱いて。
ポケットの中の蝶のリングを見る度に、貴女のコトを想い出す。





+++FIN+++

 

 

 

<AFTER WORD -後書->

今回のお話は、全くのオリジナル。
元ネタはあるにはあるんですが・・・まぁいいか。

Sanaさんの1stシングル発売記念に書きました。
お話の中の“彼女”は、Sanaさんをモデルにしています。
ごめんなさい、バケモノにしちゃって(泣<切実に謝ってます
まぁね、“彼女”は三つ目のバケモノになっちゃってますけど、Sanaさんはいつも綺麗なんで<何を今更

んで、主人公の男の子。
大体、高校入りたてくらいの年齢と思って頂ければ。
“彼女”と出会うことで、彼は一つ成長するのです。
ちょっぴり大人になる少年の心を描きたかったのですが、私の語彙力云々では無理でした、撃沈。

余談ですが。
このお話、確かにSanaさんのシングルの歌詞、イメージを織り交ぜて書いたんですが・・・
隠し背景の歌がもう一つあるのです。
今は解散しちゃったけど、JUDY AND MARYの名曲「クラシック」。
最近ずーっと聞いてたもんで。
だから、意味も無くサブタイトルにクラシックなんて言葉を入れてみたわけです。

七夕に、レポートに追われてヒイコラ言って書いてたんですが(ちゃんとレポートしろよ)、
公開が遅くなってしまい、まさに後悔。

・・・・・・シケギャグすまん。



(2004/07/07)

 

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