×× SILENT VOICE ××

 

―――キミには訊こえる? ボクの声が―――



「・・・え? ・・・ミルン、何か言った?」
「何寝ボケてんのよぉ、何も言ってないわよ。
 そんなコトより、もう起きなさいよ! そろそろ再出発するよ!」

僕は、唐突に目を醒ました。
誰かが、必死に・・・僕を呼んでいた、気がする。

ある日突然、僕は“ドラグニア=テンプルム”にいらっしゃる大司祭様に呼び出されたのだ。
僕の家は、グラジャ平原の南西に在る。
家から“ドラグニア=テンプルム”まで行くには、何処までも広がる、このグラジャ平原を突っ切らなければいけない。
朝方から半日歩きっ放しだったから、すっかり疲れて眠くなって・・・
幼馴染みのミルンに一言断って、少しだけ眠らせてもらっていた。

眠っている間に見た夢の中で・・・誰かが、僕を呼んでいた?

「そんなワケ・・・ないか。やっぱり僕は寝ボケてるんだな」

敷物代わりにしていたマントを羽織り、僕は立ち上がる。





“キロッスの大洪水の再来を防ぐ為、汝を必要とするドラゴンと共に、アクアラを奪い合い暴走する民を止めて欲しい”

ドラグニア=テンプルムに着くや否や、大司祭様にそう往なされた。
僕は、ドラゴンと共に闘う者・ドラゴンテイマーとしての資格を与えられたのだ。
光栄な反面、不安でたまらなかった。
ミルンは、複雑な表情をする僕の横、ずっと顔を伏せていた。

「クリス・・・」

消えかけの声で、僕の名を呼ぶ彼女の身体は、微かに震えていた。

「僕は、ドラゴンテイマーの資格を与えられた・・・
 これからは、その名に恥じないよう、早く僕のパートナーとなるべきドラゴンを見つけて、闘わなくちゃいけないんだ」
「・・・ねえ、どうして・・・どうして君なの?」

この先どうなるのか分からないけど、新たな決意を固める僕の隣で、ミルンは顔を上げた。
その瞳が、潤んでいた。

「ドラゴンテイマーって・・・ドラゴンと一緒に闘うってコトは・・・、危険と隣り合わせになるってコトでしょ?
 クリスは・・・これからもずっと、私と一緒に居てくれるって・・・そう思ってたのに」

確かに、彼女の言う通りだ。
飛び交う紅蓮の焔、散っていくアクアラ、耳を劈くドラゴンの断末魔・・・
これから僕が飛び込んでいく戰場は、そんな・・・まさに“危険と隣り合わせ”の場所なんだ。
ドラゴン同士が闘うと言えど、常にその隣でその様子を見守る者、ドラゴンテイマーに危険が及ばないとも限らない。
即ち、運が悪ければ・・・ドラゴン達の繰り出す技に巻き込まれてしまうことも有り得る、というコトだ。

でも、僕は。

「僕は、もう決めた。ドラゴンを探す。
 世界が壊れていくのを黙って見ているなんて、僕には出来ない。
 二度と、キロッスの大洪水を起こさせるわけにはいかないんだ。
 ・・・僕は、この世界が好きだから」

この3日間、歩き続けたグラジャ平原の方角を見据えて、僕は言った。
人々が平和に暮らすグラジャ平原・・・
だが、最近になって地表からアクアラの突然発生が起こっており、人々に不安がよぎっている。

「行かなくちゃ。何処かに、僕のパートナーになってくれるドラゴンが居る筈なんだ」

腰からずり落ちかけた剣を、もう一度掛け直した、その時だった。



―――誰か・・・誰か、ボクの声が訊こえる?―――



「まただ!」

頭の中に響く声。
助けを呼んでいる、僕はそう思った。

「な、何? ビックリさせないでよ・・・」

突然僕が顔を上げて叫んだせいか、ミルンが瞳をぱちくりさせている。

「ミルンには・・・訊こえなかった?」
「え、な、何が?」
「・・・ううん、いいんだ、訊こえなかったなら」

ミルンには訊こえていない、でも、僕には訊こえている。
気のせいなんかじゃ、なかったんだ。
夢なんかでも、なかったんだ。

僕は転ぶように、テンプルムから駆け出した。





“声”が大きくなる方へ、僕は奔った。
そうして、奔って、奔って・・・辿り着いたのは、クレース湖だった。
倒壊し、朽ちた遺跡が浮かぶこの湖は、ドラゴン達の休息の場とも言われている。

・・・今は、そんな、“翼を休めるドラゴン達”は一匹も見当たらないけど。

「此処じゃ、ないのかな・・・」

きょろきょろ見回すけれど、“声”の主らしき者は居なかった。
けど、確かに“声”はした・・・



―――誰か、誰か!―――



「やっぱり!」

僕の頭の中には、確かに、あの“声”がする。
虚ろな意識を目醒めさせるような、キィンと何かに呼応するような声。



―――こっちだよ・・・湖の真ん中の・・・遺跡に・・・―――



遺跡?
遺跡には、誰も居ない筈だ、大司祭様がそう仰っていた。
その中は朽ち果てていて、岩くれが転がってて・・・
人が居るとすれば、アクアラを利用した古代の魔道具を見つけて一攫千金を狙っているトレジャーハンターくらいだ。

「どうしよう・・・イカダでも作るかな」

僕は今、甲冑を身に着けている。
湖の真ん中にある遺跡に行く為には、そこまで水の中を進まなくちゃいけないのだ。
甲冑を着けたままじゃ、重くて深くて昏い水の底に沈むのがオチだ。
甲冑を外して、泳いでそこまで行くのもいいんだけど、甲冑を誰かに盗まれても困る。

森で狩人達に丸太を借りてこようか・・・僕が途方に暮れていた時。



―――目を瞑って・・・ボクが案内してあげる―――



目を瞑る・・・って、瞑ったところで視界が暗闇に染まるだけじゃないか。
僕は心に不満と不安を残し、取り敢えず目を瞑ってみる。
すると、ふおぉん、と身体が宙に浮かび上がる感覚が襲ってきた。
次の瞬間、がくん、と首が後ろに倒れる。

「うわッ」

僕は思わず声を上げた。
そして、目を・・・開けた。

「・・・・・・・・・え?」

僕が居た筈の湖岸が、遥か彼方に見えている。
なんと、僕は一瞬の間に、クレース湖の遺跡まで移動していたのだ。

「そんな・・・なんで?」
『ボクが、キミを呼んだからだよ』

ハッとして後ろを振り向いた。



―――其処には、宝珠を抱えて、円らな瞳をした、小さな身体の・・・純白の、ドラゴンが居た。



『初めまして』

僕は、あんぐりと口を開けた。
僕は夢を見ているのか、頬をつねってみたけれど、やはり痛い。

だって、ドラゴンが・・・ドラゴンが、僕に語り掛けている!

でも、“喋っている”んじゃなくって・・・口は動いてるけど・・・そこからは「きゅう、きゅう」という声しか出ていなくて・・・
実際に声が訊こえているのは、僕の耳からじゃなく、頭の中だけで・・・
・・・まさか、ドラゴンが超能力でも使えると?

「そんなコトがある筈がないじゃないか!」
『どうして?』

しきりに思考を巡らせる僕を見て、目の前の小龍は、さも可笑しそうに首を傾げる。

『実際に、ボクはこうやってキミに話し掛けているじゃない』

小龍は、きゅうきゅう啼きながら僕の周りをくるくると翔んでいる。
身体の大きさに対して、明らかに小さな・・・その翼を羽ばたかせて。

『キミにボクの声が訊こえたのは、キミがドラゴンテイマーの資質を持っているからだよ』

資質・・・だって?
けど、僕は大司祭様にテンプルムに呼ばれて、その称号を与えられたんじゃ?

『ボク達ドラゴンは、かつての“キロッスの大洪水”で声を失った。
 でも、このドラグニア王国には、ボク達の“心の声”を訊いて理解してくれる人・・・ドラゴンテイマーが居る。
 そのドラゴンテイマーの一人が、他でもない、キミなんだ。
 ボクの声がキミに届いた・・・それは、キミがボクのパートナーだという、何よりの証』
「でっ、でもっ、ドラグニア王国には、ドラゴンテイマーは沢山居るよ!?
 僕以外にも、キミの声が訊こえる筈じゃないか!
 どうして、たまたま僕にキミの声が訊こえたってだけで、僕がキミのパートナーってコトになるんだい!?」

混乱のあまり、自分で何を喋っているのか分からなくなってくる。
“声”が訊こえて・・・あんまりにも僕を必死に呼ぶものだから、“声”が大きくなる方に向かって・・・
それから、僕の目の前に急に一匹のドラゴンが現れて。
突然に、“ボクがキミのパートナー”ってキッパリ断言されて。

『ドラゴンの声は、たった一人にしか訊こえないんだ。
 そう、ボクと闘ってくれる、たった一人のパートナー以外には・・・誰にも、ボクの声は訊こえない』



―――キミが、キミだけが、ボクの胸の奥の声を識っていたんだ・・・誰にも訊こえない、“声”を―――



「そう、だったんだ・・・」

ドラゴンテイマーは、どんなドラゴンの声も訊き取れる人のコトをいうんだと思っていた。
・・・そうじゃなかったんだ。
ドラゴンの魔力を引き出すことの出来る、ドラゴン一匹に対しての唯一の人間のコトを言っていたんだ。

『ボクにとっても、キミにとっても、お互いは掛け替えの無い存在。
 と言っても・・・初対面だから、そんな実感湧かないかもしれないけど』
「そっ、そんなコトないよ!」
『ふふっ、そう言ってもらえて嬉しいよ。
 “なんで僕のパートナーが、こんな弱そうなドラゴンなんだ!”って言われたら・・・どうしようもないからね』

その小龍は、顔に翳りを落として、困ったように笑った。
・・・自信たっぷりに見えたこの小龍は、実は内心、凄く不安だったんだ。
パートナーに気に入られなかったドラゴンは、キーリア峡谷を当ても無く彷徨う、って聞いたコトがある。
僕に気に入られなかったら、この小龍は・・・きっと、そんなドラゴン達と一緒になっていたに違いないから。

「強い弱いは見た目で決まるものじゃないよ。
 確かにキミは、外見はすごーく可愛くて、ひ弱そうに見えるけど・・・でも、強い意志を持ってる」
『え?』
「キミの瞳を見た時に分かったんだ、自分の思うコトを貫く、誰よりも・・・強い意志の持ち主だって」

何で、こんなコトを言ったのか、僕自身も良く分からなかった。
小龍は、そのキラキラした瞳をぱちくりさせた。

『・・・・・・・・・瞳を見ただけで、そんなコトが分かるの?』
「だって、僕は、」



―――キミが、心で叫んでいる声も訊いていたから。
―――その生気の漲った声が、僕の意識を呼び醒ましたんだ。



僕はにこりと笑って答えた。
目の前の小龍は・・・暫く俯いていたけど、急にパッと顔を上げた。

『やっぱり、キミはボクの“パートナー”だね』

彼も、微笑んでいた。

『じゃあ、これから一緒に闘う掛け替えの無いパートナーに、自己紹介をしておかなきゃ。
 ボクの名前はソレル。人間達が“光属性の幸運種”って呼んでるドラゴンなんだ』
「僕はクリス。クリス=イージス。よろしくっ」

手を差し出し、小龍――ソレルの小さな前脚をきゅっと握る。

「これから、僕達は一緒に闘う。
 辛いコトや、眼を背けたくなるコトや、逃げ出したくなるコトもあるだろう。
 でも、僕達はこの世でたった一人のパートナーだ、どんな逆境も・・・“二人”で、乗り越えよう」
『もちろんだよ』

新たな決意を胸にした僕達に、太陽が溢れんばかりの光を降り注がせる。
その光を受けて、ソレルの抱く宝珠が、僕達を見守るように神々しい輝きを放っていた。





+++FIN+++

 

 

 

<AFTER WORD -後書->

えーと、元ネタはドラゴンクロニクルです。
最近ハマりにハマっている、育成シュミレーションネットワークバトルゲーム(長っ)です。

ゲーム中では、自分のパートナーになるべきドラゴンは、大司祭様から直接もらうコトになっています。
でもまあ、小説だから・・・などと都合の良い理由で、
「誰も気付かないドラゴンの叫びを主人公が感じ取って、パートナーを見つけ出す」っていう内容にしました。
一行で書けるような内容なのに、なんで私が小説にすると、こんなに長くて回りくどい話になるかな(泣

タイトルは、「星が降りしきるペントハウスで〜♪」じゃなくて(それはZZガンダム)、
まぁ上記にもあります通り、「誰も気付かなかった声」っていうコトで、こんなのになりました。
相変わらず、タイトルつけるのヘタだなあワタシ(苦笑

誰にだって、口では言い表せない言葉がある。
でも、直接言いたいコトを言葉に出来ない生き物が、この世界にはたくさん居る。
今の地球で言うなら、それは「人間」と「動物」っていう区切りになるんだろうけど。
もし、その「動物」の心の声を訊けたら、どーなるんでしょーねぇ。

貴方は、身近な人が叫んでいる“心の声”に気付いてない・・・なんてコトはないですか?

(2004/05/06)

 

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