ケーブル、コード、ワイヤ、ストリング・・・
千々に乱れた、ありとあらゆる線という線。
いつしか、それが街を形づくり、ジ、ジジ、と焼けつくような音を出して。

Artificial City Metamorphose System is started up. Please wait...

起動音を表す、マシーナリ・ヴォイス。
人間的な響きは一切感じられない、冷たく貼り付くような声。
光と闇だけが交錯する空間に、その“声”が舞った。

 ...... READY 

そこに、街が、生まれ落ちた。








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 rev. Architect's. Countfeit. Metropolis.  







ボクの目の前に、女の子が二人。
どちらの髪も、長くて、すごく綺麗で、さらさらしてて。
この街ではお決まりの、モノアイ・ゴーグルを揃いで着けていた。

とても似ている二人だったけど、よく見たら、右に立ってる女の子の生え際から、
髪の毛が一本、アンテナみたいにぴょん、と可愛らしく跳ねていた。
それに、彼女はどうやら、ボクよりも年上っぽかった。
なんだか艶っぽいっていうか、その・・・ムネもおっきくて。
片や、もう一人の女の子は、なんていうか・・・冷たそうな印象を受ける。
クール、ドライ、そんな感じの。

『コンニチハ』

出し抜けに、アンテナの女の人が口を開いた。
鈴が鳴るような、凛とした声だ。
でも・・・なんか、自分の意思で発したような喋り方じゃなくて。
それでも、女の人は、暖かい笑顔を浮かべていて。

とっぷりと一拍置いて、ボクは漸く、自分が挨拶を返していないことに気が付いた。

「こ、こん、にちは」

久し振りに誰かと話したから、舌が縺れ、顎がギギ、と軋んだ。
ちゃんと挨拶できたかな。
アンテナの人がにこにこ笑って頷いたから、できた、ってことにしておこう。

と、アンテナの人が、クールな女の子の腰に手を当てて、くい、とボクの方に押しやった。
女の子は少し恥ずかしそうに身体を捩じらせて、上目遣いにボクを見る。

『ホラ、ちはやチャンモ、挨拶シナイト』
『ワ、ワタシハ・・・エエト、コンニチハ、まこと』

・・・まこと?
今、この女の子はまこと、って言ったよね。
なんか、すごく懐かしいような・・・

なんだっけ・・・それ。
誰だっけ・・・それ。

『まこと』
『まことチャン』

ああ、なんだか・・・頭がくらくらする。
その言葉、聞いたことのある名前、二人の靠うトーンのハーモニー。

「んん・・・?」

ボクの脳が、甘いヴェールに包まれたみたいに、ふわふわとして心地良い。
意識が溶け落ちそうになって、うまく話せない。
一言、声に出すだけでも、口も咽喉も、なかなか言うことを聞いてくれない。

『・・・あずさサン』
『・・・ちはやチャン』

梦現にまどろんでいるボクを見て、二人は驚いたように顔を見合わせている。
・・・なんだろう、何がどうしたっていうんだろう。

『全然、覚エテイナイノ?』
『貴女ノ名前ハ、まこと。コノ世界ノ、最後ノ一人』
「ボク、は、まこと。ボクは・・・まこと」

傷が入ったCDみたく、ボクは“その単語”を繰り返した。
ただ、彼女達が“それ”を発するのと、ボクが口に出すのとでは、感覚が随分違う。
自分で反芻する度に、ぐゎん、ぐゎぁん、と頭が揺れて、酔ったような感じになる。
今の今まで二人の声に浮かされていたから、余計に気持ち悪い。
身体が鉛のように重くなって、ボクはその場にへたり込んでしまった。

『まことチャン!』
『ヤッパリ、モウ“いんふぇくと”サレテイタノネ・・・立チナサイまこと、早ク!』

アンテナの人――あずささん、って言ったっけ――が、ボクの肩を抱えて、
女の子――この子は確か、ちはや、だったっけかな――が、ボクの手首を引っ張る。

『あずさサンハ、まことノ左腕ヲ』
『ちはやチャンハ、まことチャンノ右腕ヲ』

言葉はシンメトリーになって、ボクの目の前を通り過ぎる。
その瞬間、二人の長くて綺麗な黒髪がぶわ、って浮き上がった。
まるで、風に煽られた蜘蛛の巣[ウェブ]だ。

(黒い蜘蛛の巣、か・・・案外キレイなんだなあ)

そんなことをぼんやり考えていると、ちはやがぐいと引いている手首の痛さを思い出す。
華奢な身体をしているくせに、やけに力が強い。
ボクの肩の付け根が、このまま脱臼しそうになってるくらい。

「・・・痛い、痛いよ、腕が千切れそうだ」
『今ハ、ソンナコト言ッテル場合ジャナイ!』
『トニカク立ッテ! 走ルノヨ、まことチャン!』

(ついさっき、初めて逢って、挨拶して、名前を呼ばれて、ボクにはそれが何か分からなくて・・・
 でも二人はすごく慌てていて・・・取り敢えず、立つべき、なんだろうな、ここは)

頭では理解できているのに、身体が全く動かない。
ボク自身が根付いてしまったように、地面から足と脛が離れない。

二人は、何をそんなに焦っているんだろう。
ボクを何処へ連れて行こうというんだろう。
それに・・・ボクは一体、誰なんだろう?

ああ、痛い、腕が、肩が、頭が、痛い・・・

『まこと!』

ぐゎん。
ぐゎぁん。
がん、がん、がぁん。

『まことチャン!』

ごぉぁぁぁん。
ぐぉぁぁぁん!

(痛い! やめてくれ!)

頭の中で、何万頭もの蜂が飛び交っている。
けたたましく、大鐘が鳴り響いている。
槍が脳を突き破り、槌が頭蓋骨を砕けさせる。

「もうやめてくれェッ、その名前を呼ぶなァ!!!」

あずささんとちはやの手を振り払い、ボクは叫んだ。
このままじゃ、ボクは痛みでおかしくなりそうだったから。

歯を食い縛り、ぐう、と背中を丸め、頭を抱えて一刹那。
ボクはハッとして顔を上げた。



―――よく似た二人は、ガラス珠と見紛うその瞳から、はらはらと涙を零していた。



『・・・貴女ナラ、私達ヲ救ッテクレルト思ッテイタノニ』
『私達ハ、モウ、仲間ジャナイノ?』

びし。
器が割れるような、乾いた音がした。
見ると、あずささんの頬に、幾筋もの皹が入っていた。

びき。
生木がへし折れるような、重い音がした。
見ると、ちはやの右腕が、付け根からもげ落ちていた。

あずささんの顔から、ぴかぴか光るメタル板が剥き出しになっていた。
ちはやの肩は、ラバー・スキン一枚でその腕が繋がっている状態だった。
スキンの下に、折り重ねて束ねられたナーヴ・ワイヤーが、何本も千切れているのが見える。

ぴき、ばき、みし、びき、みき、ぱり。
音が広がり、二人の身体が徐に壊れ、崩れていく。
流れる涙が、キラキラしたプラスティックの破片になって。
地面に落ちて、砂になって。

潰えていく二人の口からは、テレビの砂嵐だかノイズだかに似た音が漏れていた。
けど、耳障りなんかじゃなく、寧ろ・・・儚くて、美しかった。

『助ケテ・・・消エタクナイ』
『すいっちヲ押シテ・・・貴女ニシカ出来ナイノヨ、まことチャン・・・!』
『街ニ遵ウノハ、モウ、イヤダ・・・』
『アア、身体ガ、頽レテシマウ・・・イヤ、イヤァッ!』

焼け、中てられ、毒され、二人はぼろぼろになって、首だけになって。
セラミックの地面に、ごとん、と首が落ちて、光の粒がそれを包む。



『私ハ、マダ、まことト一緒ニ歌イタイ!』
『ズットまことチャント一緒ニ居タカッタ・・・』



―――それは、二人の最期の叫びになった。





     ピィーーーーーーーーーー・・・。





辺りの空気に電子音が沁み込んだ。
転がった頭が砕けて、細かな粒子になる。
二人だった[・・・・・]その身体は、ただの砂の山になり、さらさらと風に舞い上がった。

星屑みたいに舞う砂をぼぅっと見上げ、ボクは漫然と考える。

(離れたくない・・・? 一緒に歌いたい・・・?)

ボク達は、仲間。
そうか・・・仲間だったんだ。
そう思うのは当然じゃないか・・・
なんで今まで、こんな大事なことを忘れていたんだろう?

そうだった、唐突に思い出した。



―――あ・ず・さ―――
―――ち・は・や―――
―――ま・こ・と―――




ゴシック体で書かれた文字が、脳に貼り付くようだった。
ボク達は、この街で生まれた仲間だったんだ。
かっきり、すっかり、完璧に、それを思い出した!



「あずささァんッ!!! 千早ァッ!!!」



気が付けば、叫んでた。
二人はもう、ここには居ないっていうのに。
気付くのが遅すぎた。
なんて大切なことを忘れていたんだ、ボクは。

「絶対・・・手を離しちゃいけなかったのに・・・!」

と。

後ろで、ぱん、と何かが弾ける音がした。
振り返ると、周りの景色が、全部セピア色になっていた。

今判ったことだけど、ボクは街の外に出ていたようだ。
海にぽっかりと浮かんだ島に、様々な建物がごみごみと建造されている。
天使の翼のセンター・プラザ、鉄の牙のトワイライト・タワー、
龍の鱗のサウス・ゲート、悪魔の爪のステイト・ビルディング・・・
すぐに認識できたのは、それくらいだった。

それと、もう一つ判ったこと・・・
島に入るには、今ボクが立っているセラミック・ブリッジを渡るしか、方法はないらしい。

この橋が、島、そしてあの街のライフライン。
そこに、ボクが立っている、ボク一人だけが。
周りを見渡しても、人っ子一人見当たらなかった。

そんな、ボクの目に映っている全ての風景が、淡褐色を帯びている。
騒音、喧騒、雑音、思い当たる限りの音が、消え失せていた。
さっきまで、あんなにいろいろな音が聞こえていたというのに。

『貴女ノ名前ハ、まこと。コノ世界ノ、最後ノ一人』

千早が言ったことがフラッシュバックする。

ボクが、最後の、一人。
あの街の、最後の、一人。

「・・・!」

セピア色が、さらに色合いを落とした。
海も、街も、空も、モノクロームのサイレント映画だった。

―――それらが、不意に、砕けて、割れて、壊れた。

島の上に乗っかっていた建物や、今ボクが居たセラミック・ブリッジに、
音も無く皹が入って、ばらばらになっていく。
ボクは足場を失い、宙に浮いた。
けど、落ちるわけでもなく、ボクはそこに身体を浮かばせたままだ。
踏まれ、潰されていく、森閑の世界を、ただ眸に映すだけ。

その時。



『アア、間ニ合ワナイ』
『・・・モウスグ、消エル』




朽ち落ちた筈の、二人の聲がした。
幻聴、だったのかもしれないけど、ボクには確かに聴こえたんだ。

たまらなくなって、ボクはお腹の底から声を張り上げた。

「千早アァァァッッ!!!」

その歌声を、もう一度聴かせて欲しい。
メーテルリンクの蒼い鳥よ、ボクの許へ還ってきてくれ。

「あずささァァァんッッ!!!」

泣かせたりしない、一人にさせない。
だから、その優しさを、温もりを、愛おしさを、ボクにください。

「千早あぁぁぁぁっ、あずささあぁぁぁんっ、千早ぁぁぁ、あずささぁぁぁん・・・」

忘れない、離さない、お願いだから、頼むから。

呼んでも、呼んでも、呼んでも、呼んでも、
叫んでも、叫んでも、叫んでも、叫んでも、

(ボクを、一人に、)










  ブ  ツ  ン  。










届かない。





(ヒトリニ、シナイデ・・・ ぼくノ名前ヲ、モウ一度、呼ンデ・・・)





此処は、得体の知れぬアーキテクトが創り出した、譎詐の世界。[Archtect's Counterfeit Metropolis]

A.C.M. System shut down...
THE ELECTRO WORLD vanished.










+++FIN+++

 

 

 

<AFTER WORD -後書->

ついにやってしまいましたが、まぁ勢いだけのサイトなので別にいいでしょう<おい
というワケで、アイマス×Perfumeネタで一丁、「エレクトロ・ワールド」です。
よりによって、記念すべきアイマス1作目が百合ではなくて、ただの頭イッてるカオス小噺です。

昨今、中田ヤス夕力関連の曲をよく聞いているので、こんな感じのSFじみた話になりました。
私の大好きな作家さん、Mき野修氏の影響もあるやもしれません。
とにかくカオスをやってみたかったっていう実験的な小噺です。
残念なことに、正直やっつけ!っていうニオイが滲み出てます。

あ、この話の中のあずささんと千早は、この街に“飼われてる”っていう裏設定があったんだけど、
この広がりの無い(私の語彙的な意味で)話でそれを書いたらクドくなったので割愛。
それと、この話、実は単なる夢オチです<台無し
後日談は、「→ REAL WORLD」として、ちみちみとSS書いてます。
その内載せるかもしれません。

ちなみに、しょっぱなの“Artificial City Metamorphose System”と、
この街の正体である“Archtect's Counterfeit Metropolis”なんですが、
ちゃーんと頭文字を“A.C.M.”にしてるんですよ、って見たら分かるか。
自分の英語力の無さに俺涙目。
(註:A.C.M.=あずささん、千早、真の名前の頭文字)

なお、今回の小噺のBGMと世界観は、

・Perfume / エレクトロ・ワールド
・capsule / A.I. automatic infection
・菊地真 / エージェント夜を往く (M@STER VERSION)

をお借りしています。
さすがに狙いすぎたわ・・・



(2008/05/15)









【2008/07/20 追記】

続編できました。 to da RE@L WORLD...

 

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