← from “ELECTRO WORLD”





頬が濡れる。
胸が締め付けられる。
喉が痛くなる。
耳鳴りがする。
頭が・・・痛い。

「真ッ! どうしたの!?」
「真ちゃんッ! 大丈夫!?」

あの二人だ、あの二人の聲。
陥落する街で逢った、ボクの大切な人の。

『ヒトリニ、シナイデ・・・』

此処から消えたくない。
ずっと離れたくないんだ、ボクは。
その聲を、温度を、歌を、心遣いを、感じていたい。







噫、梦から、醒める。
世界が、消える。










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 PLEASE DON'T GO, My Dears.  











乱れたブランケットと共にソファに横たわる、一人の少女。
彼女を見下ろし、揺さぶり、必死に声を荒げる二つの翳。

「ぁぁああぁぁぁぁぁ・・・」

溜め息か呻きか区別がつかない、意味の成さない吐息を発し、真は眼を醒ます。
脳に直接繋がっているボルトから電流を送り込まれたフランケンシュタインよろしく、
ばち、と真の眼睛が見開かれた。
瞼の動きと同時に、眦から熱い雫が一筋、二筋、三筋、流れ落ちる。
蟀谷を伝って、後頭部を濡らす。

それからは、瞬きひとつ、真はしようとせず。
身体を起こすことも忘れてしまって。
ただ・・・静かに、何も言わずに、頭の後ろへと泪の筋をつくってばかり。

「真ッ、どこか痛いの!?」
「真ちゃん、どうしちゃったの・・・!?」

真を上から覗き込んでいた千早とあずさは、心底、憂えた貌で声をかける。
当人はそれが耳に入っていないのか、天井に向かって両手を伸べた。

左手は、皹など欠片も入っていない、あずさの頬に。
右手は、もげる様子など少しも見えない、千早の肩に。

掌がひどく汗染んでしまっていたけれど、そうせずにはいられなかったのだ。
触れられた二人は愕いてはいたが、真の思うままにさせていた。
拒否も抵抗もしなかった、する意味も・・・思い当たらなかった。

からからになった真の口腔からは、熱く細い、「はー、はー」という呼気がして。
けれど、咽喉と口内の渇きとは裏腹に、泪の河は乾くことを知らず。

「・・・・・・ぁ、ぅ、・・・・・・・・・・・・っ」

言いたいことはたくさんある筈だった。
なのに、どうしても、声が出ない。
否、正しくは、言葉が出ない[・・・・・・]
今、この場で、一刻も早く、かける言葉がある筈なのに。

あずさと千早に触れたまま、その場所をゆっくりと擦ってみる。

肌理の細かさや、持って生まれた暖かさ、滲み出る情愛、
そんな二人の全てを毀すまい、傷つけてはなるまいと、
雛鳥の羽毛に触れるよりも遥かに優しく、真は掌を動かすのだ。

難語のような呻きを発し、止め処なく涙しつつ、二人の女の身体を撫でる。
焉んぞ、真がこんな風になっているのか、彼女らに知る術もなく。

「真ちゃん、」

ふと、あずさが口を開いた。
その双眸には、何処までも深い優しさが湛えられていて。
頬を撫で続けられながら、あずさはそのまま、真に顔を近づけた。

「私と千早ちゃんは・・・此処に居るから」

そう言うと、そのふくよかな口唇を、そっと、汗ばんだ真の額に落とした。
途端に、真の意味のない呻き声が大きくなった。
あずさを見つめるわけでも、千早に縋るわけでもなく、天に向かって、唸る。



―――唐突に、白い天井に、ふうっと、自分そっくりの人物の姿が浮かび上がったからだ。



真は眼を瞠り、息を呑み、ブランケットを掴んだ。
湯水の如く湧き出るのは、恐怖と驚愕。

「あぁ! う、ア、はッ、ぁぁああッッ」

ゆらりと浮かんでいる“真”は、ぽそり、ぽそりと声を零す。



叫ぶだけじゃあ、何も変わらないよ。
さては、言葉の出し方さえも、忘れてしまった?
お前は、呻いてもがく以外は、何も出来ないのかい?
そうやって喚いて、助けを呼ぶことしかできないのかい、この臆病者。

・・・それとも、もう二人には居なくなって欲しい、とか?
自分ひとりだけになって、ソロでやっていきたいから、二人は邪魔になったんだね?
卑怯者、二人には散々支えてもらっていたくせに。
ちょっと注目されたからって、図に乗っちゃってさあ。
なあにが“初心を忘れずに”だよ、お前には初心も何も無かったんじゃないか。
最初っから、ぜえんぶ上手くいくようになってたのにさ。
わかったわかった、よおくわかったよ。
もう二人は要らないんだね?
じゃあ、ボクが二人をもらっていくよ。
要らないんだからいいよね、真?
ボクが“綺麗な二人”を連れて行くから、キミには代わりのおもちゃをあげるね。
何処へ行くのかって?
車が空を泳いで、ピエロが壁を削り、鞄が人を食べる、たのしい、たのしい街。
デジタル時計は必要ないって、トパーズの眼をした兎が知らせるよ。
ふわふわ、ふわり、ぺたぺた、ぺたり、ぴきぴき、ぴしり、ぴんぽんぱん。
Eenie meenie minie moe、Deus ex machina、メタリックの神様が、指先で遊んでるんだ。
もうすぐ、消えるよ、リアル・ワールド。
諸行無常、常楽我浄、涅槃寂静。


天井に張り付いた“真”は、にたりと笑いながら、真に声をかけている二人に手を伸ばす。
すると、あずさの首が軋んだ音を立て、千早の息が詰まり始めた。

ほうら、早くしないと、おもちゃがコワレるよ。
髪が抜け落ちて、声帯が腐る。
腕がミイラになる、眼球が毀れる。
皮膚がぱきぱきに乾いて、爪が全部剥がれちゃう。
ボクはそれでもいいんだけど、キミはどうかな?


(これは、夢の続き・・・!? ボクは悪夢を見ているのか!?)

ボクは役者、キミは観客、ボクはプレイヤー、キミはキャラクター。
フォース・ウォールが破られて、キミとコミュニケーションを取ってみた。
けど、何も変わらなかったね。

キミは、ずうううぅぅぅっと、卑怯者、歌舞伎者、臆病者のチキンのまんまさ。

悔しかったら呼んでみなよ、名前を。
お前の大切な、二人の、名前を。


「あ、あ、」

時間がないよ。

「・・・ぅあ、っ、」

シェラックの海が蒸発して、ポリエチレンの華が咲く。
キミのおもちゃが、どろどろ融ける。

ゆかい、ゆかい。






ああ、もう!





早くしろ早くしろって言ってるだろイライラするなあなにやってるんだよこわいのかボクがこわいのか二人が居なくなるのがさみしいのかキミが悪いんだぞ早くしないからこんなことになるんだいつまでもいつまでも夢に惑っているからダメなんだぞ早くしろ夢は必ず醒める出会いは別れの始まり成功は失敗の反転希望は絶望への契り早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ

「ちが・・・ちが、う」

なにが違うんだなにがどう違うんださあ言ってみろ言え言えって言葉も話せないのにキミに一体なにが言えるっていうんだ誰かに代わりに言ってもらおうか春香かやよいか亜美か真美か伊織か雪歩か美希か律子か夢の中には誰も居ないよだぁれもだれもかれも



ははは、ゆかい、ゆーかい。



誰も、居ない。キミの、周りから、誰も、居なく、なる。


「イヤ、だ、ぁ、」
「真・・・!」

うわ言を続ける真に、耐えかねた千早が動いた。
無理やり真の上半身をソファから起こし、思い切り抱き締めたのだ。

「千早ちゃん・・・」
「真・・・大丈夫、大丈夫だから」

天井の“真”が、ち、と舌打ちをした。
下唇を噛んで、拳を握り締め、3人を睨めつける。

(あぁ、あったかい・・・)

千早に抱き締められ、がちがちと音を立てていた身体の震えが治まっていく。
しかし、真に“千早に擁かれている”という感覚はない。
彼女が感じ取っているのは、その体温だけだ。

「大丈夫」
「大丈夫」

あずさも、千早ごと、真を包み込む。
暖かさが増して、真の舌が解ける。

(二人の、なまえ。呼ぶんだ、早く)










「ちはや・・・あずさ、さん」










 ぱ き ん 。

何かが割れる音がする。
千早とあずさの肉体の異変の幻惑が止まる。
そして、現れた時と同じように唐突に、“真”が消えた。



『なぁんだ・・・やればできるじゃん。』



泪は止まったものの、未だにしゃくり上げる真の耳に、その声がハウリングして。
力が入りきらない腕を、自分を抱き締めている二人の首に回し。

「ちはやぁ・・・」
「うん」
「あずささん・・・」
「ええ」

本当に、少しずつ。
真の指先が、二人を固く捉え始める。

「・・・ごめん、ごめんなさい、ボクがこんなのじゃ、ダメだよね」

二人の肩と柔らかい髪に顔を埋めて、真は悔しげに呟く。

「ダメじゃないわ、大丈夫よ、真ちゃん」
「私達は、真のパートナーよ?
 例えダメなところがあったとしても、私達は必ず真を支える」

あずさと千早の語りかけが、真の全身を優しく包む。
怯えていた真の脳細胞が安堵し、硬直しかけた筋肉が緩んで。

「・・・・・・・・・ありがとう」

今度は、はっきりと。
顔を上げて、あずさの頬に、千早の肩に、触れる。

「・・・怖い、ユメを見たんだ」

長い髪と美しい瞳を持つ二人を交互に見ながら、続ける。

樹脂で出来た街。
奇怪な形をした、様々な建物。
人も、動物も、虫も居ない、生物が存在しない世界。
居るとしたらそれは、“最後の一人”である自分だけ。
そして・・・あずさと千早によく似た、モノアイ・ゴーグルをつけた、二人のアンドロイド。
自分の名前を呼ぶ声に怒声を上げた途端、崩れ落ちる二人。
消えたくない貴女にしかできない一緒に歌いたいもっと一緒に居たい私達は仲間ああもうすぐ消える・・・
涙、プラスティックの身体、涙、ノイズと砂嵐の叫び、涙、砕ける街、涙、名前、涙、涙、涙。

「それで、眼が醒めたら、もう一度悪夢を見た」

天井に浮かぶボク、ボクを哂うボク、手を伸ばしてあずささんと千早を連れ去るボク。
ボクの傍らに、あずささんと千早を模した“おもちゃ”が居て、身体がボロボロになっていく。

「・・・バカみたいでしょ、ユメなのにさ」

はは、と乾いた笑いで流そうとする真であったが、目の前の二人をチラリと一瞥してみると、
少しも笑ってはいなくて、むしろ、真剣そのものの面持ちだった。

「おかしくなんてないわ」
「そうよ、真ちゃん。私だって、怖い夢を見る時があるもの」

両手が、二人の手の暖かさを帯びる。
左手はあずさ、右手は千早。
真の不安の冰を融かすは、太陽と月の灯り。





「・・・二人は、どこにも、行かないよね」





これから先、悪夢を見たとしても、決して手を離さないように、と。
暖かな優しさを孕む手を、握り締めて。

「ボクらは、仲間、だよね。ずっと、離れないよね。ボクを置いて・・・消えたりしないよね。
 ボクは、此処に居るから。ねえ、千早、あずささん・・・・・・・・・」

言葉で表しても、行為で示しても、猜ってしまう刹那がある。
真の手に入る力が、人の心の弱さを物語る。
信じようとしても、張り詰めた信頼の絲が、ふつりと切れかかる。





















弱々しく笑んだ真に、二房の黒髪が揺れて。
口唇が、僅かに、けれど確かに、真の願いに応えるべく、動き出す。











+++FIN+++




















<AFTER WORD -後書->

「エレクトロ・ワールド」の後日談、というか、「エレクトロ・ワールド」の夢を見ていた真の、
眼が醒めた後のお話でございますが・・・Mき野さんの影響が強いなあ、書き方が(w
カオスというかホラーと言いますか・・・いやはや、ちょっと気持ち悪い一節もありますね。

眼が醒めた後も、真は幻覚を見ています。
夢現、幻覚というかなんというか。
人間とは、怖い夢を見たら、得てして強烈で劣悪な印象が植わってしまうものです。
現実世界に戻っても、「これは正夢ではないか?」と思うことがあったりしませんか?

夢のメカニズムについてはさておきとして、何故に真がこのような夢と幻を見たのか。

心から信頼し、そしていつも一緒に居て自分を支えてくれるパートナー達が、
いつしか自分を見捨てて、何処かへ離れていくのではないか、という未来を恐れていたから。

いくら信用していても、人が裏切るのは刹那の出来事です。
それがたとえ親友だと思っていた相手だとしても。
何かしらがきっかけとなり、自分を突き放して何処かへ行ってしまう・・・
自分も相手も人間だからこそ、100%、120%の信頼を置くというのは、なかなかに難しい話です。
少しの疑いから、人との関係が解れていく・・・私も、そのことが怖いです。

とかいう、自分の心境の反映的な小噺でした。
なんか重くて暗くてスイマセン。

真は普段から明るい性格だから、たまにこーいう気持ちになってたりするんかなー、
とかいう、想像の産物の捏造です・・・真ごめんよー。



(2008/07/20)





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